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歩くんですの箱 SS置き場

躍動感を表現するにはどうすればいいんだろう……と日々考え中。

【ラブライブSS】花陽「スワンプマン」 第八章

このSSも、残すところあと2章となりました。
つまり、次で最終章になります。

今回の章は、またまた第七章と同じ出だしになっていますが、途中からはだいぶ違う展開になってきます。
では、下より本編です。

第八章 (第七章の続きです)


梅雨の合間の晴れ空の下、もう二度と登校することのない学校を後にして、わたしは淡々と秋葉原の街を歩いている。
わたしの心はこの空のように澄み渡っているんだろうか、それとも『あの日』のように暗く、冷たい雨が降っているんだろうか、今のわたしには分からない。

こうなるまでには、本当にいろいろなことがあったのだ。

小学校のとき、大切な友達だった凛ちゃんが死んで。
そのトラウマでわたしは雨の日に外出することが出来なくなって。
小学校でも、中学校でも忌み嫌われて。
そして、高校生になった。
ずっとひとりぼっちだったけど、学校の中に一人で安心していられる場所を見つけた。
けれど、その場所でツバサさんに出会って――それはわたしにとっては舞い上がるくらい嬉しいことだった――ツバサさんがわたしのような暗い人間と会っているという悪評が広まって、最終的にわたしは今日付けでUTX学院を退学させられた。

学校を辞めたことで、不安な気持ちになったりすることはない。
それでも、学校は曲がりなりにもわたしに学生という社会的立場を与えてくれていた。
それを失ったわたしは、これからどうすればいいんだろう?
でも、そういう疑問はあくまで、わたしにとっての客観的なものとしてしか浮かんでこない。
それだけわたしはもう、感情というものを摩耗させてしまったのかな……?
だとしても、もうどうでもいい。

今なら、雨の日だって外を歩けるかも知れない。



ツバサさんと二人きりの昼休みを過ごすことが出来たのはほんのわずかな期間でしかないけれど、わたしにとっては凛ちゃんとの思い出に並ぶくらい大切なひと時だった。

「生まれ変わったら、花陽はどんな動物になりたい?」

ある日、ツバサさんはわたしにそんな問いかけをした。

「うーん……、わたしは、もし生まれ変わるなら鳥さんがいいなって思います」

「鳥?空を飛びたいの?」

ツバサさんは、少し意外そうに目を丸めた。

「はい。だれにも縛られない、自由な空を飛びまわりたいです」

「それは素敵ね」

ツバサさんは、しみじみと目を細めた。

「ツバサさんは、どんな動物になりたいですか?」

「私は、ウサギかしらね。花陽は、大久野島って知ってる?」

「大久野島……いえ、どこでしょう?」

「瀬戸内海に浮かぶ小さな島なんだけどで、ウサギがとってもいっぱい住んでるのよ」

「そうなんですか!?行ってみたいです」

「700羽くらいいるそうよ。天敵もいないから、まったり暮らしてるみたい。私は、そういうウサギになりたいわ」

「まったり……それはわたしも憧れます」

「でもね、わたしはきっとそんなウサギにはなれない」

「それは、どうしてでしょう?」

「だって、もしも生まれ変わったらなりたいものは何って聞かれたら、今の自分とは全然違うものを思い浮かべるでしょ?隣の芝生は青く見える」

「でも、今のわたしの生き方だって、わたしが選んだものなんだもの。他のアイドルユニットたちと凌ぎを削って、A-RISEの仲間と作り上げてきた最高の演技をラブライブで披露して、誰よりも観ているみんなを喜ばせる……わたしには、そういう生き方の方が似合ってるのよ」

「ツバサさん……。わたしは、ステージに立って笑顔を振りまくツバサさんが好きです」

「そう言ってもらえると嬉しいわ」

「でも、もしツバサさんが大久野島のウサギになったとしても、わたしはツバサさんのこと好きでい続けます」

「それはどうして?」

「どんな姿になったって、ツバサさんはツバサさんだから」

ツバサさんがこの世に映し出すものは、どんな姿になったって変わることなんてない。

「不思議。あなたに言われると、なんだかとってもホッとするわ」

そう言って、ツバサさんは目を細めた。




そんなことをふと思い出しながら歩いていたら、万世橋にたどり着いた。
橋の上から、神田川を覗き込んでみた。
揺れる川の水が、太陽の光を浴びてきらきらと反射していた。
濁った水面に、逆さになった秋葉原の街がゆらゆらと浮かんでいる。

この世界が間違っているなら、あの水面に映る何もかもが逆さになった世界こそが正しい世界なんじゃないか。
ふと、そんな錯覚に陥って、わたしは無意識に水面に向かって手をのばした。
それがきっかけだったのだろうか。
その瞬間、上も下も、左も右も。
あらゆる方向が消失して、世界が対称性で満たされていくのが分かった。
この世界からははっきりと見えないけれど、その先にあるイデアの海へ。
吸い込まれていく。
深く。深く。どこまでも。




――助けて、スワンプマン。

強烈なメッセージが、脳を貫いていく感覚。

――『あの日』の、凛ちゃんを。

あらゆる感覚器官が、もはや存在意義を失っている中、ただ一つの受容器だけが、メッセージを捉えた。
それは、この世界で唯一観測できるものだった。

観測を伴うなら、それはこの世界のものではないんだろう。
だったら、きっと大切なものじゃない。
それでも、気になってしまう。
さらにメッセージが流れ込んできた。

――猫が……

猫?
なんのことか分からない。
このメッセージにはなにか続きがあるんだろう。
そう思って耳をすませていたけど、それ以上は何も聞こえてこなかった。
猫。
なにか心に引っ掛かる。
だけど、それがなんなのか分からない……。

『猫がね、いたの……』

唐突に、その言葉が心を打った。
思い出した。
『あの日』、凛ちゃんが言っていた言葉。
あの場所に、猫がいた。
その猫は、きっとあの場所で死にかけていたんだろう。
オリエンテーリング中にそれに気づいた凛ちゃんは、最期の瞬間にその猫のそばにいてあげたくて、オリエンテーリングが終わった後にあの沼にもう一度戻ったんだ。

頭の中で、聞こえたメッセージをもう一度反芻してみた。

「助けて、スワンプマン」
「『あの日』の、凛ちゃんを」
「猫が……」

猫。これは、『あの日』凛ちゃんが言っていた猫のことだ。
つまりわたしは、もう一度『あの日』に戻って、凛ちゃんを助けることを託されている。

でも、どうすればいい?
そもそも、このメッセージは誰が遺したものなの?

考えてみて、気づいた。
このメッセージは、『わたし』がわたしに宛てたものだ。
いまのわたしがこれから『あの日』に戻ることが出来るなら、これまでも何人もの『わたし』が『あの日』に戻って、凛ちゃんを助けようとしたのだとしてもおかしくはない。
そうやって『あの日』に戻った何人もの『わたし』が、次の『わたし』へと託したメッセージを、わたしは今聞いているんだ。
でも、こうしてメッセージが遺されているということは、これまでの『わたし』はきっと、凛ちゃんを助けることが出来なかったんだろう。
少なくとも、無策なまま『あの日』に向かったとしても、おそらく何もできはしない。

もう一つ気になること。
スワンプマン。
これが何を意味しているのかが分からない。
スワンプマンは「沼の男」という思考実験だけれど、それがどうしてこのメッセージの中に含まれているのか。
でも、『あの日』の光景を思い返してみると、この言葉こそ何か重要なヒントなのかも知れない。
沼、雷。いかにもスワンプマンを連想させる条件が揃いすぎている。

でも、それを解き明かしている場合ではない。
今考えるべきは、どうすれば凛ちゃんを助けることが出来るのかということだけ。

凛ちゃんは、あの沼の畔で雷に打たれて死んだ。
なら、あの沼に凛ちゃんが近づかなければ凛ちゃんが死ぬことはないはずだ。
だったら、凛ちゃんがあの沼に向かうことを阻止すればいい。
……でも、それは出来ないんだろうと思う。
そんな簡単なことなら、『わたし』がわざわざメッセージを遺す必要なんてない。

なら、わたしが凛ちゃんを別の場所に連れ出せば?
ほんのちょっとでもあの場所から位置をずらせれば、凛ちゃんは助かるんじゃないか。
でも、これもきっと失敗する。
さっきと同じだ。
そんなことで解決するなら、やはりメッセージが遺されている理由が分からなくなってしまう。

ここから導き出される前提条件。
それは、凛ちゃんを雷の落ちるあの場所から動かすことは出来ないってことだ。

なら、解決方法は一つしかない。
それは、雷が落ちる場所を変えること。

けど、そんなことが出来るのか?
いや、その前に。
おかしい。
なぜ今まで気付かなかったんだろう……。
思い返してみると、雷が落ちる瞬間、『あの日』わたしは凛ちゃんの身体を抱きしめていたはずだ。
それなのに、なぜ凛ちゃんだけが雷に焼かれ、わたしは無事だった?

……違う。
わたしは『あの日』、確かに死んだんだ。
雷は凛ちゃんだけを襲ったんじゃない。
わたしと凛ちゃんの身体を、まとめて黒焦げに焼き尽くしたんだ。

これでつながった。

「助けて、スワンプマン」

あの言葉は、そういう意味だったのか。
『あの日』、わたしは確かに死んだ。
そして、わたしにそっくりのコピー、スワンプマンが生まれたんだ。

ということは、もし雷が落ちる直前にわたしが凛ちゃんのそばから離れたとしたら?
雷は、わたしだけを直撃してくれるんじゃないだろうか。
試してみる価値はある。

いや、でも……。
考え直してみると、この作戦はほとんど勝算がなさそうに思えた。
そもそも、雷は凛ちゃんとわたし目がけて落ちてきたのだ。
そして、凛ちゃんの場所を変えることはできない。
わたしが凛ちゃんのそばから離れたとしても、結局雷はわたしではなく凛ちゃんの方を襲うだろう。

どうにかして、凛ちゃんじゃなくてわたしに雷が落ちるようにしなければならない。
……そういえば、雷は背の高いものに落ちやすいと聞いたことがある。
なら、わたしが凛ちゃんのすぐ横に立って、両手を高く掲げれば、雷はわたしの方に落ちてくれるんじゃないか。
そうやって、わたしが避雷針の代わりになればいい。

これなら上手くいきそうだった。

再び感覚器官があらゆる事象を捉えていく。
――偽物の世界が戻ってくる。

第九章へ続く

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