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躍動感を表現するにはどうすればいいんだろう……と日々考え中。

【ラブライブSS】花陽「スワンプマン」 第五章

第五章 (第四章の続きです)


idol――(1)偶像、偶像神(2)偶像視(崇拝)される人(もの)

「アイドル」という単語を、辞書で引くとそんな意味になる。
偶像とは信仰の対象であり、それだけ神聖なものだ。
だから、わたしはアイドルに興味を持った。
アイドルが偶像であるなら、アイドルの形はきっとイデア界にある魂の形にきっとよく似ている。
そこから、善のイデアや美のイデアを想起することが可能な存在であるはずだと思った。

でも、現実はそう単純じゃない。
アイドルが不純な行為に及んで週刊誌でスクープされることなんて珍しいことじゃない。
だけど、ひとたびステージ立てばその姿は理想の存在で、偶像なのだと、そう感じさせるアイドルもまたたくさんいることも確かだった。

わたしは、1980年代のアイドルから今日のアイドルユニットに至るまで様々なアイドルのことを調べた。
同じアイドルでもそれぞれ違ったコンセプトがあって、その魅力も多彩だった。
たちまち、わたしはアイドルに熱中していった。

最初は正しいものを探すために始めた趣味だったけど、そんなことも忘れてしまうくらいにのめり込んでいく自分がいた。

ある日、わたしはたまたまネットで見つけたA-RISEのライブ映像見てみることにした。
このグループの映像を見るのはこの時が初めてだった。
わたしの通っている高校のスクールアイドルユニットとあって以前から存在自体は知っていたけれど、所詮は素人だからと思って今まであまり興味が湧かなかったのだ。

映像を一目見て、その認識は間違いだったのだと思い知らされた。
彼女らのパフォーマンスは、プロのアイドルとなんら変わりない、いや、むしろそれ以上とすら言える完成度だった。
観客を魅了する圧倒的な演技を披露する姿は、まさにイデアの光を帯びた偶像だった。

A-RISEに出会ったことでわたしの世界は広がり、たちまちわたしはA-RISEの世界に引き込まれていった。




A-RISEは、UTX学院の芸能学科に所属する生徒の中でも厳正な審査を勝ち抜いた精鋭だけを集めてつくられるアイドルユニットだ。
だから、同じ学校とはいえ普通学科に通うわたしが彼女たちの姿を実際に目にすることは一度もなかった。

それだけに、A-RISEのリーダー、綺羅ツバサに声をかけられたときは、心臓が止まるかと思うくらいびっくりした。

それは、わたしが高校に上がったばかりの頃だった。
だから、ほんの1ヶ月とちょっと前のことだ。

わたしは、UTX高校の地下駐車場の隅でお昼ご飯を食べていた。
駐車場は、わたしが最近見つけた『一人でも落ち着くことができる』スポットだった。
昼間は車の出入りもないし、高いビルの上の階からわざわざ地下まで下りてくる生徒なんてまずいない。
加えて、地下だからガヤガヤと騒がしい外の音もほとんど聞こえてこないから、本当に静かだ。

静寂に包まれて食べるお昼ご飯を一度味わってしまうと、教室の隅で一人いたたまれない思いをしながらお弁当を広げていたこれまでの日々がバカみたいに思えてきた。

その日も、わたしは一人きりのお昼ご飯を満喫していた。
少しひんやりとしたコンクリート製の壁にもたれかかり、目線の先にある味も素っ気もないコンクリートの柱をぼんやり見つめながら、わたしはゆっくりと白米を味わった。
真っ白な蛍光灯に照らされてうすぼんやりと照らし出される床も壁面も柱も、ここにあるものは何もかも味気ないコンクリートの塊ばかりだけど、それがわたしには心地よかった。
だって、それらはわたしに何も語りかけてこないから。
だから、ここにいればなにも余計なことを考えなくて済む。
……はずだった。

足音が聞こえた。

誰もいない駐車場では、動くものが一つでもあればその音はとても大きく反響する。
肌が泡立つような感覚。
早く逃げなきゃ。
そう思っても、わたしの身体はうまく動いてはくれなかった。
誰も来ないはずのこの場所に、誰か人が来るなんて思いもよらなったからだ。
油断していた。

足音はどんどん大きくなってくる。
早く隠れなきゃ!
わたしは、膝に広げていたお弁当を急いでしまおうとした。
でも、慌てふためいてお弁当箱が上手く巾着袋に入ってくれない。
どうしよう、どうしよう!

足音はもうすぐそこまで来ている。

からん。

足元に、何かが落ちる音がした。

「あなた、これ落としたでしょ?」

足音の正体は、すでにわたしの目の前にいた。
彼女は、今拾ったと思われる箸を手にして、朗らかに笑った。

「あ、あのっ」

落としてしまった箸を返してもらおうとして、わたしは目の前に立っている彼女の正体に気付いた。

「ツバサ、さん……?」

辛うじて発することができたのは、その一言だけ。
のどがつまったようになって、後の言葉が続かなかった。

でも、A-RISEのリーダー、綺羅ツバサさんはわたしが絶句していることには意に介さなかったようで、にっこり笑ってわたしの手にそっと箸を握らせた。

「これからは落とさないように、気を付けてね」

「あのっ、あのっ……!」

お礼を言おうとしたのに、その言葉は声にはならなかった。
ドキドキと激しく動く心臓に押しつぶされて、喉を通る空気の流れが激しく乱れていた。

「面白いわね、あなた。口をぱくぱくして、お魚みたいよ」

言葉を詰まらせているわたしの姿を見て、ツバサさんはくすりと笑った。
それは、わたしが今まで見てきたどの笑顔とも違うものだった。
懐が深くて包容力のある、それでいて慎み深いやわらかい微笑みだった。

けれど、ツバサさんはすぐに表情を消して、わたしに向き直って言った。

「邪魔したわね。ここは、あなたの場所なのでしょう?」

「そっ、そんな……邪魔なわけないです!」

わたしは、慌てて否定した。
確かに昼休みの静かな駐車場は、今までずっとわたしだけの場所だった。
決してほかの誰かに壊されたくなんてない。
だけど、ツバサさんだけは例外だ。
この世界に、ツバサさんを拒む場所なんてあるはずがない。
わたしはそう思った。




UTXの中だけじゃなくて、全国的にも大スターである綺羅ツバサさんが、どうして昼休みの誰もいない地下駐車場にやってきたのか尋ねると、ツバサさんは朗らかに答えた。

「たまには一人になりたいときもあるのよ」

わたしは、その言葉を、不思議な感慨をもって受け止めた。
常に注目の的になって、たくさんの人の視線を集め続けているツバサさんだからこそ、そういう瞬間もある。
考えてみれば当たり前のことなんだけど、それはわたしが今まで経験したことのない種類の感情だった。

ツバサさんは続けた。

「でも……あなたと話していると、なんだか安心するわ」

「そっ、そう……でしょうか?」

「ええ。私とあなたは、きっと似ているんだと思う」

わたしは驚きを隠せなかった。
ツバサさんは、わたしのどこを見て自分と似ていると言ったんだろう?
全国にファンがたくさんいて、人気者で、憧れの的であるツバサさん。
かたや、いつも一人で、クラスにすら居場所のないわたし。
わたしは、ツバサさんと、その背後にあるイデアの光を追いかけるだけの存在で、ツバサさんとは全然違う。
だから、どこにも共通点なんてないように思った。

でも、ツバサさんに自分と似ていると言われたことは、単純に嬉しかった。

嬉しいことはさらに続いた。
ツバサさんが、とってもすばらしい提案をしてくれたのだ。

「明日からも、ここに来ていいかしら?」

「いいんですか!?」

「私からお願いしてるのよ」

「はっはい!お、お願いします……」

「ふふっ。ありがと。じゃあ、また明日」

「この世界に、ツバサさんを拒む場所なんてあるはずありません!」

今度は、実際に口にした。
わたしの喜びを、精一杯伝えたかった。

「ふふっ。あなたって、面白いのね」

ツバサさんは無邪気に笑いながら地下駐車場から出て行った。
まもなく、授業開始5分前を告げる予鈴が鳴った。

たった1ヶ月前の出来事だった。




次の日も、またその次の日も、わたしはツバサさんと地下駐車場でお昼ご飯を食べた。
どうしてこんなところまでツバサさんは足を運んでくれるのかわたしには分からなかったけど、とにかく毎日会えるのが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
まるで、かつて凛ちゃんと一緒にいた日々に戻ったようだった。

けれど、そんな日々もそう長くは続かなかった。
一週間もすると、学校内でこんな噂が囁かれ始めた。

「綺羅ツバサが、昼休みの地下駐車場で陰気な生徒と食事をしている」

「UTXの花形綺羅ツバサ、裏では毎日のようにとある生徒と密会」

校内新聞もこのことを取り上げ、わたしとツバサさんのことを好き勝手に報じ始めた。
いつ撮られたのか、わたしとツバサさんが一緒に写っている写真が大々的に掲載された記事が学校中の掲示板に張り出された。

クラスの中で、空気のように存在感の無かったわたしが一気に浮き彫りになり、罵詈雑言の渦が毎日のようにわたしに襲い掛かってきた。

「お前みたいなのが綺羅ツバサと一緒にいるのは、綺羅ツバサの価値を下げる行為だ。立場を弁えろ」

「毎日好んで地下に行くなんて、綺羅ツバサも病んでるな。お前なんかと一緒にいるからだ」

このままではツバサさんはスクールアイドルを続けられなくなってしまうと思った。
もともと、ツバサさんはA-RISEのメンバーに選ばれた、芸能学科でも選りすぐりの人材だ。
それだけに、ツバサさんを引きずり降ろしたいと思っている人間だって少なくない。
この機に乗じて「病んだ生徒のせいで自分まで病んで、アイドル人生を終わらせたスクールアイドル」などと騒がれ、A-RISEを辞めさせられるのもきっと時間の問題だ。

そんなことにだけはなって欲しくない!

だから、わたしはもう、昼休みに地下駐車場に行くのは止めることにした。
もう、決してツバサさんに会うことはないだろう。
そう思うと、ただただ悲しかった。
だけど、こうするしかない。

下校時間になり、学校の校門をくぐろうとすると、一人の人物に呼び止められた。

「小泉花陽だな。止まれ」

統堂英玲奈だった。
A-RISEの一員である彼女に呼び止められる理由など、察するのはあまりに容易なことだった。
だから、わたしはもう驚きはしなかった。

「なん、でしょう……?」

わたしは力なく応じた。

「君が悪くないのは分かってる。だから、私だって本当はこんなことは言いたくないんだ」

「……もう、ツバサさんと会うのは止めろ、ってことですよね?」

「話が早くて助かるな。君は、ずいぶんとツバサの支えになってくれたようだ。個人的には感謝している。これは本当だ」

「だが……世間はそうは思っていないんだ。このままでは、ツバサはA-RISEを辞めなければならなくなるだろう」

「分かっています」

「……すまない。本当は、私たちは君に礼の一つも渡さなければならないところなのに、返せるのは仇くらいのものだ」

英玲奈さんは、自虐的に笑った。

「わたしこそ、ご迷惑をおかけしました。ツバサさんには感謝していると……これだけは伝えてもらってもいいでしょうか?」

「……ああ、約束する。悲しいことだ。わたしたちアイドルは、笑顔を振りまく存在でなければならないのにな」

「……多くの人の笑顔のためには、一部の人が犠牲にならなきゃいけないんです。だから、英玲奈さんは間違っていません」

間違っているのは、この世界だ。
でも、間違った世界の中では、間違ったやり方が必要だから……。

「いいや、こんなやり方、正しいわけがない」

英玲奈さんは、苦々しく口にした。
だから、わたしはなるべく朗らかな口調を意識してそれに応じることにした。

「その気持ちだけで、わたしは十分です」

そして間もなく、季節は梅雨になった。

第六章へ続く

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