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歩くんですの箱 SS置き場

躍動感を表現するにはどうすればいいんだろう……と日々考え中。

【ラブライブSS】花陽「スワンプマン」 第九章

第九章 (第八章の続きです)


高原の道を駈けている。
地面がいつもより近くて、周りにあるものすべてがやけに大きく見える。
『あの日』のわたしは、こんなにも低い位置から世界を眺めていたのか……ついそんな感傷に浸りそうになってしまう。
西日は厚い雲に覆われ、みるみるうちに空が暗くなっている。
それでも、構わず走り続けている。
もうすぐ、大雨が降り、そして、雷が落ちる。

『あの日』のわたしは、立ち止まることなく走り続ける。

必ず、凛ちゃんを助けてみせる!

ついに雨が降り出した。。
冷たい雨粒が、小さなわたしの身体から熱を奪っていく。
それでも、高く茂った初夏の草木を必死にかき分けて進んでいく。

そして、ついに視界が開けて、あの沼が見えた。
わたしの記憶にある『あの日』とまったく同じ位置に、『あの日』――小学5年生の凛ちゃんがうずくまっていた。

「凛ちゃん!」

叫んだのは『あの日』のわたしだ。
わたしには、その意識の隅の方でじっと『あの日』のわたしの視界から見える景色を眺め続けることしか出来ない。
わたしは、重大な過ちに気付いた。
自分の身体は自由に動かせる、そう思い込んでいたのだ。
だけど、それは違った。
わたしの意志ではこの身体は指一本さえ動かすことが出来なかった。

「かよちん……?」

凛ちゃんは、水面を見つめたまま弱々しく答えた。

「どうしたの?凛ちゃん!」

凛ちゃんは答えない。

「具合が悪いの?」

足場の悪い土に足を取られかけたのだろうか。
視界が大きく揺らいだ。
それでも、『あの日』のわたしは凛ちゃんのそばに駆け寄って、凛ちゃんを抱きしめた。
まだ10歳の凛ちゃんはとても小さくて、繊細で、ちょっとでも力を入れれば壊れてしまいそうだった。

雷鳴が鳴り響き、雨はますます強くなっていた。
本当なら、わたしは凛ちゃんの横に立って避雷針にならなきゃいけないのに。
身体はまったく言うことを聞いてくれなかった。

もう時間がない。
どうすれば、この事態を打開できる……?

「猫がね、いたの……」

凛ちゃんが、ぽつりと口を開いた。

「猫?」

そう、猫だ。
わたしは、昼休みの地下駐車場でツバサさんと話したことを思い出していた。

『生まれ変わったら、花陽はどんな動物になりたい?』

ウサギになりたがっていたツバサさんは、しかし自分はウサギにはなれないと言っていた。
わたしだって、きっと空を自由に飛び回る鳥になんてなれない。
でも、猫だったら?
ずっと一人ぼっちで生きてきたわたしの姿が、決して群れに入らず、孤高に生きる野良猫に重なった。
わたしの魂は猫の中になら入り込める、そう確信した。

再び、あらゆる方向が失われて、世界が均一な対称性で満たされた。
わたしの魂は、どんなイデアを想起させるんだろう。
その内容は、きっと猫のそれとも重なる部分が多い。
だから、わたしの魂は猫の中になら入り込むことが出来る。

でも、凛ちゃんを助けるにはそれだけじゃ足りない。

凛ちゃんを助けるのに必要なイデア。
それは……。
わたしは、そのイデアを取り込めるだけ自分の魂の中に取り込んだ。

そして、再びわたしは意識を『あの日』に向けた。

感覚器官があらゆる事象を捉えていく。
――もう一度偽物の世界に、わたしの魂は還っていく。




『あの日』に戻ったわたしの視点は、さっきよりもずっとずっと地面に近いものだった。
視界から見える範囲は一面が草木に覆われて、あまりよく見通すことが出来ない。
ただ、大きな雨粒が草木を激しく揺らしているのがやけに恐ろしく感じた。

これが凛ちゃんが言っていた『猫』の目線なんだ。
この猫の命は、おそらくもうあとわずかしか残されていない。
それだけ、この猫が弱っているのは明らかだった。
凛ちゃんは、沼の畔で弱っている猫のそばにいてあげたくて、この猫に近づいたんだと思う。
でも、猫は自分が死にゆく姿を見られるのを嫌う生き物だ。
だから、最後に残されたわずかな力を振り絞って、草の隙間に身を隠した。
辛うじて凛ちゃんの視界から逃れることは出来たけれど、凛ちゃんはとの距離はきっと目と鼻の先くらいの距離しかない。

先の短い命だからといって、こんな形で利用していいなんてことにはならない。
でも、凛ちゃんを助けるにはもうこれしかない……。

次の瞬間、空が光り、その瞬間に轟音が台地を揺らした。




ガラガラ、ドッシャーン。

「きゃあ!?」

空が激しく光って、すぐにごう音が耳をつんざきました。
すっごくこわくて、花陽は凛ちゃんの体を強く、強く抱きしめました。
凛ちゃんのほうも、必死に花陽にしがみついていました。

「かよちん、かよちーん!」

「凛ちゃんっ……凛ちゃんっ!」

「うわああああっ、死ぬかと思ったよぉ~っ」

大粒の涙で顔をぐしゃぐしゃにして、凛ちゃんは泣いていました。
花陽もそれは同じでした。

あたりの草が、黒く焦げ付いていました。
沼の泥がはねて、あたりに飛び散っていました。
雷は、本当に花陽たちのすぐそばに落ちたようでした。
それを見て、また怖くなって、花陽たちはまた泣きました。

その後のことはあまり覚えていません。
ただ、学校に戻ってから、先生にひどく怒られたことだけは覚えています。
先生の許可なく、勝手に出歩くなとこっぴどく注意されました。
怒っている先生はすごく怖かったけど、でも雷なんかよりはずっとましでした。
生きててよかった。
心の底から、そう思いました。




途切れ途切れの意識の中、ああ、上手くいったんだな、と思った。
わたしはただのスワンプマンで、偽物に過ぎない存在だったけれど、そんなわたしでも凛ちゃんの命を助けることが出来た。

ただ一つ心苦しいのは、猫の命を犠牲にしてしまったこと。
すでに寿命の尽きようとしている猫とはいえ、人間の勝手な理屈で殺して良いことにはならない。
こんなやり方しか思いつかなったのは、わたしが偽物だからなんだろうか……。

わたしの考えた作戦はこうだった。
まず、わたしの魂をいったんイデア界に戻して、そのイデア界で金属のイデアを魂に取り込む。
鉄やアルミニウム、銀……いろんな金属があるけれど、イデア界にはそういう具体的な化学物質のイデアだけじゃなくて、『金属』そのもののイデアもあるのだ。
それは、電気伝導率が無限大で、展性と延性に極めて優れ、澄み渡った銀色をしていてきらきらと輝いていた。
わたしは、そのイデアを出来る限りかき集め、魂の中に取り込めるだけ取り込んだ。
こうすれば、地上に戻ったとき、わたしの魂を宿したものは金属性を想起させる存在になる、つまり、電気が流れやすくなるはずだ。
これは案外上手くいった。
そして、わたしは『あの日』のわたしの身体ではなく、凛ちゃんのすぐそばにいるであろう猫の身体の中に入り込んだ。
わたしの魂を取り込んだ猫の身体はとても電気を通しやすい状態になった。
だから、雷が落ちてきたとき、電流は凛ちゃんやそれに抱き着いているわたしの身体ではなく、猫の身体の方を流れて行った。
そのおかげで、凛ちゃんと『あの日』のわたしは助かった。
もうわたしのスワンプマンが生まれることもないだろう。

スワンプマンの闘いは終わったんだ。
しみじみと心の中で呟いて、わたしは意識を閉じた。

間違った世界にとってのどうしようもない間違いの、ただ一つの存在意義の証明は、ついに果たされた。




わたしと凛ちゃんが雷に打たれかけたあの日からもう5年が経ち、わたしたちは二人そろって音ノ木坂学院に入学しました。
凛ちゃんにとっては学力的に厳しい高校だったけど、どうしても一緒の高校に入りたかったから、わたしは毎日凛ちゃんにお勉強を教えました。
そうしているうちに、凛ちゃんは少しずつ成績を伸ばしていって、ついに一緒の高校に入ることが出来ました。
そして、スクールアイドルμ’sに誘われて、大切な仲間が出来ました。

そういえば、あの日から変わったことがありました。
それは、凛ちゃんが語尾に「にゃー」を付けて話すようになったことです。
猫アレルギーの凛ちゃんがどうして猫みたいに話すのかは分からないけど、でも、可愛いからこれでいいかなって思います。

「かよちーん、早く練習いくにゃー!」

「あっ、凛ちゃん待ってよぉ~」

本当に、毎日が夢みたいに充実した日々。
きっと、凛ちゃんがいなかったらこんなに楽しい日々を送ることはできなかったと思います。

凛ちゃんを追っていつもの練習場所である屋上に出ると、なんだか騒がしい光景が広がっていました。

「ちょっと、穂乃果ばかりずるいです!私にもさわらせて下さい!」

「えー、穂乃果まださわりたりないよー」

「にゃあ」

「早く離してあげなさい。ほら、その子も困ってるじゃない」

「そんなこと言って、真姫ちゃんも実はさわりたいんでしょー」

「ヴェエ!?わ、私は別に……」

「じゃあさわれせてあげなーい」

「なっ、なんでそうなるのよ!?」

それは、とっても微笑ましい光景でした。
ここ最近では、こんな光景がよく見られます。

少し前から、屋上に一匹の猫が住み着くようになりました。
どこから入ってきたのか分かりませんが、給水塔の下で寝そべっているのを、凛ちゃんが最初に発見しました。
凛ちゃんは思わず猫にさわってしまって、そのあとアレルギー症状でくしゃみを連発させて、すっごく大変そうでした。
でもそのあと、誰が言い出したのか、その猫をわたしたちで飼うことになったのです。
そして、その日以来ずっと、その猫はみんなから可愛がられています。

「にゃあ」

「ほらほら、こっちだよ」

わたしの方に近づいてきたので、わたしは屈んで手を差し出しました。

「あっ、花陽ちゃんの方に行っちゃった……」

「穂乃果がさわりすぎるから、辟易したんじゃないですか?」

「むー」

わたしは、その猫を抱き上げて、膝の上に乗せました。

「ほらほら、いい子いい子」

「にゃあ」

穏やかな初夏の日差しを浴びて、猫はとっても気持ちよさそうに目を細めました。
わたしは、ゆっくりと猫の背中を撫でました。
猫は、そのリズムに沿ってごろごろと喉を鳴らしました。




世界は過ちと矛盾に満ちている。
わたしのようなスワンプマンが存在することも、そんな過ちの一つ。

だけど、ここはわたしが生きた世界と比べたらずっと正しい世界だって思う。
たった一つのことが変わるだけで、世界はこんなに明るくなる。
生き残ったわたしの周りに集まった、大切な仲間たちがそれを証明してくれた。

こうして、世界の矛盾が一つ一つ正されていけば良いんだって思う。
どんなに不器用でも、その一歩がどんなに小さいものでも、この世界はイデアを目指して歩み続けている。

本当はその結末を見届たいけれど、有限の命では決してそれは叶わない。
だけど今、わたしは確かにこの陽だまりの下で、初夏の風に吹かれてこの景色を見ている。
それは奇跡のようでいて、やっぱり一つの間違いに過ぎないけれど、そのおかげでわたしはここにいることが出来る。
だから、せめて彼女たちが卒業するまでは、ここで見守っていよう。

みんなで叶える物語の、その顛末を。

おわり
最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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