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歩くんですの箱 SS置き場

躍動感を表現するにはどうすればいいんだろう……と日々考え中。

【ラブライブSS】花陽「スワンプマン」 第七章

第七章 (第六章の続きです)
※注:第六章と全く同じ文章になっている箇所がありますが、仕様です(変わっているところ、追加したところもあります)。



梅雨の合間の晴れ空の下、もう二度と登校することのない学校を後にして、わたしは淡々と秋葉原の街を歩いている。
わたしの心はこの空のように澄み渡っているんだろうか、それとも『あの日』のように暗く、冷たい雨が降っているんだろうか、今のわたしには分からない。

こうなるまでには、本当にいろいろなことがあったのだ。
小学校のとき、大切な友達だった凛ちゃんが死んで。
そのトラウマでわたしは雨の日に外出することが出来なくなって。
小学校でも、中学校でも忌み嫌われて。
そして、高校生になった。
ずっとひとりぼっちだったけど、学校の中に一人で安心していられる場所を見つけた。
けれど、その場所でツバサさんに出会って――それはわたしにとっては舞い上がるくらい嬉しいことだった――ツバサさんがわたしのような暗い人間と会っているという悪評が広まって、最終的にわたしは今日付けでUTX学院を退学させられた。

学校を辞めたことで、不安な気持ちになったりすることはない。
それでも、学校は曲がりなりにもわたしに学生という社会的立場を与えてくれていた。
それを失ったわたしは、これからどうすればいいんだろう?
でも、そういう疑問はあくまで、わたしにとっての客観的なものとしてしか浮かんでこない。
それだけわたしはもう、感情というものを摩耗させてしまったのかな……?
だとしても、もうどうでもいい。

今なら、雨の日だって外を歩けるかも知れない。

万世橋の上から、神田川を覗き込んでみた。
揺れる川の水が、太陽の光を浴びてきらきらと反射していた。
濁った水面に、逆さになった秋葉原の街がゆらゆらと浮かんでいる。

この世界が間違っているなら、あの水面に映る何もかもが逆さになった世界こそが正しい世界なんじゃないか。
ふと、そんな錯覚に陥って、わたしは無意識に水面に向かって手をのばした。
それがきっかけだったのだろうか。
その瞬間、上も下も、左も右も。
あらゆる方向が消失して、世界が対称性で満たされていくのが分かった。
この世界からははっきりと見えないけれど、その先にあるイデアの海へ。
吸い込まれていく。
深く。深く。どこまでも。




――助けて、スワンプマン。

強烈なメッセージが、脳を貫いていく感覚。

――『あの日』の、凛ちゃんを。

あらゆる感覚器官が、もはや存在意義を失っている中、ただ一つの受容器だけが、メッセージを捉えた。
それは、この世界で唯一観測できるものだった。

観測を伴うなら、それはこの世界のものではないんだろう。
だったら、きっと大切なものじゃない。
それでも、気になってしまう。
――凛ちゃんを助けて。
メッセージは、そういう内容だと受け取れた。
それが決して意味のあるメッセージなんかじゃないのだとしても、わたしはどうしてもこの言葉を無視することはできなかった。
そして、その異質なものの正体に、全神経を研ぎ澄ませた。

再び感覚器官があらゆる事象を捉えていく。
――偽物の世界が戻ってくる。




高原の道を駈けている。
地面がいつもより近くて、周りにあるものすべてがやけに大きく見える。
『あの日』のわたしは、こんなにも低い位置から世界を眺めていたのか……ついそんな感傷に浸りそうになってしまう。
西日は厚い雲に覆われ、みるみるうちに空が暗くなっている。
それでも、構わず走り続けている。
もうすぐ、大雨が降り、そして、雷が落ちる。

『あの日』のわたしは、立ち止まることなく走り続ける。

わたしは、瞬時に理解した。
もう一度だけ、凛ちゃんを助けるチャンスが与えられたのだと。

ついに雨が降り出した。。
冷たい雨粒が、小さなわたしの身体から熱を奪っていく。
それでも、高く茂った初夏の草木を必死にかき分けて進んでいく。

そして、ついに視界が開けて、あの沼が見えた。
わたしの記憶にある『あの日』とまったく同じ位置に、『あの日』――小学5年生の凛ちゃんがうずくまっていた。

「凛ちゃん!」

叫んだのは『あの日』のわたしだ。
わたしには、その意識の隅の方でじっと『あの日』のわたしの視界から見える景色を眺め続けることしか出来ない。
でも、このままでは凛ちゃんは雷に打たれて死んでしまう。
けれど、わたしの意志ではこの身体は指一本さえ動かすことが出来なかった。

「かよちん……?」

凛ちゃんは、水面を見つめたまま弱々しく答えた。

「どうしたの?凛ちゃん!」

凛ちゃんは答えない。

「具合が悪いの?」

足場の悪い土に足を取られかけたのだろうか。
視界が大きく揺らいだ。
それでも、『あの日』のわたしは凛ちゃんのそばに駆け寄って、凛ちゃんを抱きしめた。
まだ10歳の凛ちゃんはとても小さくて、繊細で、ちょっとでも力を入れれば壊れてしまいそうだった。

雷鳴が鳴り響き、雨はますます強くなっていた。
もう時間がない。
どうにかしなければ……せめて、少しでも凛ちゃんをこの場から遠ざけることが出来れば!
たったそれだけのことなのに、わたしの身体はほんの少しもいうことを聞かない。
支配権は、すべて『あの日』のわたしのものだった。
ほんの少し、ほんの一瞬でいいから、動け、動け、動け!

けれど、なにも変わらないまま、時間だけが刻一刻と過ぎて行った。

「猫がね、いたの……」

凛ちゃんが、ぽつりと口を開いた。

「猫?」

「うん……」

ゲームセットだ。
頭の中で、そんな声が鳴り響いた。
もう、間に合わない。

次の瞬間、空が光り、その瞬間に轟音が台地を揺らした。




そうか、わたしは『あの日』雷に打たれて死んだんだ。
薄れゆく意識の中で、わたしは静かに納得した。
体中がずきずきと痛むけれど、その感覚は曖昧なものだった。
大電流に焼かれたわたしの身体は、もうあらゆる感覚を感じ取る機能すら失っていた。

次の瞬間、沼にもう一発の雷が落ちた。
その雷が、わたしとまったく姿かたちの同じコピー、スワンプマンを生み出した。

『あの日』から、わたしはずっとただの偽物、コピーだったのだ。
本物のわたしはこうして沼底に沈んで、死んでしまった。
そして、スワンプマンだけが残された。

世界は間違っていて、わたしだけが正しいのだと、ずっと信じていた。
でも、世界のすべてが間違っていて、わたし一人が正しいなら、それはもはや世界が正しくて、わたし一人が間違っているのと同じではないか。
そう考えると、何もかもが腑に落ちた。
最初から、ぜんぶ間違っていたのだ。
だって、わたしはただのコピーで、スワンプマンという偽物だったんだから。

真っ暗で何も見えない。
遠ざかっていく意識の中で、どうしてわたしが『あの日』の光景を再び目にすることになったのかを考えていた。
わたしを『あの日』に呼び戻したのは、イデア界でわたしが聞いた声。

「助けて、スワンプマン」

「『あの日』の、凛ちゃんを」

……そうか。
あれは、死にゆくわたし自身が残したメッセージなんだ。
ただのコピーでしかない偽物のわたしが生まれた意味。
間違った世界にとってのどうしようもない間違いの、ただ一つの存在意義の証明。

――もう一度『あの日』に戻って、凛ちゃんを助けてあげて。

それが、わたしがわたしに託したメッセージ。
その意味を、わたしは確かに受け取ることが出来たのに……。
それでも、なにも変えることが出来なかった。
この言葉だけじゃだめなんだ。
もっとたくさんの手がかりを残しておかなきゃいけない。
でも、いったい何を残せばいい?
どうしたら、この運命を変えることが出来るんだろう?
何も思いつかなかった。
でも、わたしが死んでイデア界に戻ってしまうまでには、もう時間がない。
戻ってしまってからメッセージを残しても、その言葉は『あの日』に戻るためのトリガーとしては機能しないだろう。
なんでもいい。なにか、なにか思いついて!
わずかに残る最後の気力を振り絞って、わたしは次のわたしへと託すメッセージを送った。

――助けて、スワンプマン

――『あの日』の、凛ちゃんを。

――******




「うわああああああああああ」

沼の畔では、黒焦げになった凛ちゃんの目の前で、小泉花陽の姿かたちをしたスワンプマンが泣き叫んでいた。
そして、彼女はあまりのショックに耐え切れず、間もなく意識を失い、凛ちゃんの身体の上に倒れ伏した。

第八章へ続く

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