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歩くんですの箱 SS置き場

躍動感を表現するにはどうすればいいんだろう……と日々考え中。

【ラブライブSS】花陽「スワンプマン」 第一章

お久しぶりです。

前作に引き続き、ラブライブでSSを書かせていただきました。
これまでは地の文をなるべく排除する形でSSを書いてきましたが、今回はこれまでとは真逆にほとんど地の文だけのSSに挑戦してみました。なので読みにくいかも知れませんが……ご容赦ください。

さて、今回のSSは花陽が主人公です。
が、設定がそもそも「もし凛ちゃんがいなかったら、花陽はどんなふうになっていたか」というような感じなので、以下の点に注意です。少しでも不愉快と思う場合はお読みにならないことをお勧めします。
・鬱展開あり
・キャラ崩壊注意

また、タイトルが「スワンプマン」となっていますが、これは日本語訳で「沼の男」というアメリカの哲学者ドナルド・デイヴィッドソンが提唱した、アイデンティティについて考えるための思考実験です。しかし、本SSは同一性やアイデンティティといったテーマにはあまり主眼が置かれていないので、期待して読んでいただいてもそういう話題はあまり出てきません。

では、以下より本編です。

第一章


今日は一日中雨。
当たり前だけど、梅雨に入ってからほとんど毎日雨が降っている。
窓を閉め切ってカーテンを閉じていても、雨粒がベランダの欄干に落ちる音が絶え間なく聞こえてくる。

わたしは、自室に籠ってノートパソコンで大好きなA-RISEのライブ映像を繰り返し見ていた。

「花陽、ご飯出来たわよ」

階下からお母さんが私を呼ぶ声が聞こえた。
平日なのに学校にも行かず、ずっと部屋に籠っている私に、でもお母さんは何も言わない。

特にここのところはずっとだ。
今月に入ってからは、学校に行った日の方が少ない。
天気予報をみる限りでは、来週の月曜までは登校できなさそうかな?
でもね、しょうがないんだ。
……しょうがないの。




月曜日になった。
天気予報で言っている通り、今日はずいぶんと晴れているみたい。

「花陽、今日は学校に行くの?」

朝ご飯のとき、お母さんが聞いてくる。
しばらく学校に行ってなかったわたしのことを心配してくれてるのかな。

「うん、雨も降ってないし、なるべく学校には行った方がいいと思うから」

できるだけ明るい口調になるように努めていったけど、本当は気が進むはずもない。
欠席を重ねれば重ねるほど、学校での自分の居場所が小さくなっていって、居心地が悪くなるから。
久しぶりに登校した時の「あ、今日は来たんだ」みたいなクラスメイトの冷めた視線はいつまで経っても慣れない。

わたしの通う学校は、秋葉原駅のすぐ目の前にあるUTX学院だ。
中学受験で入り、そのままエスカレーターで高校まで上がってきた。
小学生だった私にとって、勉強はすごく厳しかったけど、地元の公立中学校に入ることを考えたら全然大したことじゃなかった。
そのまま公立中学校なんかに入ってしまったら、また小学校で一緒だったどうしようもない人間どもと一緒に生活しなきゃいけなくなっちゃう。それだけは絶対嫌だった。
それに、お父さんもお母さんも、わたしをUTX学院に入れさせたがっていた。
わたしの将来のことを考えてのことみたい。
将来なんてわたしにとってはどうでも良いことだったけど、こんなダメダメな私でも、お父さんとお母さんを喜ばせられるなら頑張りたいと思った。




ダメダメなのはわたしじゃなくて、この世界なんじゃないか。
そう考えるようになったのは、わたしが中学2年生くらいのときだったと思う。

小学校の頃のわたしは、まだ幼かった。
自分が頑張れば、それだけ自分の理想に近づけるんだと思っていた。

しかし、UTX学院に入って期待は裏切られた。
人を貶め、せせら笑うような、そんなくだらない人間を避けるためにこの学院に入ったのに。
ここへ来ても、何も変わらなかった。

わたしは、小学生のときからずっと学校を休みがちだった。
『あの日』を境に、雨が苦手になったから。
今はだいぶマシになったけれど、以前は雨音を聞くだけで背筋が凍りついて、気分が悪くなっていた。
未だに、雨の日は外に出歩くことは出来ない。
だから、特に梅雨の時期と秋雨前線が列島にかかる時期は、ほとんど学校に行くことが出来ないままだ。

そのことで、小学校ではずいぶんと嫌な思いをした。
ある雨の日、わたしはとても気分が悪かったけれど、なんとか我慢して学校に行った。
その頃はまだ、雨の日になるとわたしの具合がどうしようもなく悪くなることをお母さんは知らなくて、学校を休みたいと言っても聞いてくれなかった。
授業中、保健室に行こうとするわたしに、クラスメイトは小泉はずるい、サボりだと口々に言った。
こういう時、本当は保健委員が付き添うルールになっているのに、保健委員の人に「一人で行けこのクズが」と罵られた。
一人では歩けないくらい辛いのに……。
結局そのときは先生が連れて行ってくれたんだけど、その先生もどこかわたしを疑うような目で見ていた。

そんなことが何回かあって、のちにわたしは正式に医師にPTSDと診断された。
雨の日になると動けなくなってしまうのは心的外傷が原因とのことだ。
そんなこと言われなくても分かってるよ。
とはいえ、その診断のおかげでわたしは雨の日には学校を休むようになった。
もちろん、そのことでまたいろいろとひどい目に遭った。
雨を言い訳に学校をサボりやがって、と。
休んだ次の日に登校すると、上履きが無くなっていたり、机の上にごみがぶちまけられていたこともあった。

悲しかった。辛かった。
もうこんな目には遭いたくない。
でも、一方で、わたしがひどいことを言われるのは、わたしが弱いからだと思ってた。
雨が降るだけで不調になる、そんなダメダメな自分が悪いんだ……。

だけど、やっぱりわたしはひどいことをする人たちのことを許せなかった。
今思えば、当時のわたしはすでに、悪いのは自分じゃない、彼らなんだってことに気づいていたんだと思う。
だって、わたしは決して忘れない。
『あの子』がいたときは、彼らは『あの子』に散々ひどい言葉を浴びせ続けていたことを。

ある日「人に平気で心無い言葉を吐く人はくだらない人間だ、だから気にしなくて良いんだよ」とお母さんに言われた。
だったら、中学はそんなくだらない人間とは無縁な学校に入りたい。

単純だったわたしは、頭がいい学校ならそんなくだらない人間なんていないはずだと考えた。
だから、わたしは一生懸命勉強した。
お父さん、お母さんがUTX学院を進めてくれて、わたしはそこに進学を決めた。

でも……UTXに入っても、結局は何も変わらなかった。
小学校のときのようなあからさまないじめはなかったけど、声を掛けても無視されたり、陰口を言われたりすることはしょっちゅうだった。
もちろんクラスの輪に入ることなんて出来るはずもなく、わたしはずっと一人だった。




どうしてこうなるの?
わたしが弱いから。
わたしがダメダメだから。
本当に?

そしてある日、わたしは気付いた。

その日も雨が降っていた。
雨の日は暇だ。
だって、自分の部屋に籠っていたってやることなんてない。
だから、ぼんやりと考えていた。
そうしたら、答えが見つかったの。

そう、わたしが悪いんじゃない。
この世界が悪いんだ。

簡単なことだ。
人を傷つけるようなことを言ってはいけません。
人のものを盗んだり、壊したり傷を付けたりしたらいけません。
自分と違うからって、人を差別してはいけません。
いろんなところでさんざん聞かされてきた言葉。
名誉棄損。器物損壊。
そんな法律以前に、ごく当たり前の、人間としての最低限の道徳。
議論の余地もないほどの正論。
わたしを傷つけてきた人間は、そんな当たり前のことを平気で踏みにじっている。
それが悪と言わずしてなんなの?
わたしは何もしていないのに。
少なくとも、彼らのように人として当たり前の倫理を踏みにじるようなことは何一つしていない。

何より、そんな誰もが認めているはずの正しさがあちこちで平然と足蹴にされているのに、その歪みを何食わぬ顔で受け入れ回るこの世界に愕然とした。

誰もが認める正しさは、その世界が定めた絶対の正義(ルール)。
だから、世界に優劣があるとしたら……世界自身が課したルールが守られていないのに、それを平気で許容する世界は、出来そこないの世界だ。

そして、この世界を出来そこないたらしめている確固たる証拠ともいえる、根本的な矛盾に気づいた。

人を殺してはいけません。
じゃあ、どうして死刑制度が存在するの?
戦争はいけません。
じゃあ、なんでテロ組織に対抗するために、武器を持って戦うの?

悪を懲らしめるためなら、本来悪とされている行為でも許容されてしまう。
それは、この世界の絶対的な上下は力で決まるからだ。

より大きな力を持つものが、力の弱いものを従える。
暴力には、暴力をもって対抗する。

どちらがより正しいか。
人としての道徳を全うしているか。

そんなのは関係ない。
強大な力の前には、どんなに正しい倫理や道徳も意味を失ってしまう。

世界には絶対的な正義があるのに。
その正義が悪を裁くことは決してない。
悪を裁くのは、それに対抗し得る力だけ。
より正しい者に、より大きな力を与えることが出来なければ、世界のルールは簡単に崩れてしまう。

わたしの弱さは、責められるべき悪なのだと思っていた。
でも、それは違う。
弱さが悪なのだとしたら、それは強さを善とするということだ。
それはすなわち、力がすべてを支配する、この世界の致命的な欠陥構造を肯定することに他ならない。

でも、誰もその矛盾に気づいていない。
この世界が出来そこないであることを知っている人は誰もいない。
この歪んだ世界を受け入れて、何の疑問も抱かずに、あるいは抱いたとしてもその意味までは考えず、仕方のないことなのだと諦めて生きている。

気づいているのはわたしだけなんだ。
この世界でただ一人、わたしだけが正しい。

第二章へ続く

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