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歩くんですの箱 SS置き場

躍動感を表現するにはどうすればいいんだろう……と日々考え中。

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くりでんの思い出

突然だが、くりはら田園鉄道の話題である。

2007年3月31日、90年間に渡り、「くりでん」の愛称で親しまれてきたくりはら田園鉄道が廃止された。
くりはら田園鉄道は、1945年4月1日に栗原電鉄として開業し、宮城県内の石越~細倉マインパーク間25.7kmを結んだ第三セクター鉄道である。輸送実績は70年代以降悪化の一途を辿り、ついに惜しまれつつ廃線となった。
廃止の2年前、今から5年も前のことになるが、そんなくりはら田園鉄道を訪ねた。

私は、6年ぶりに宮城県の父の実家に帰った。そのとき、親戚の方が、もうすぐ廃線になるというくりはら田園鉄道に乗せてくれたのだった。
この鉄道の起点はJR東北本線の石越駅、ホームに降り立つと、単行の赤い車両がこじんまりと停車していた。

石越駅 KD95形 KD95形
くりはら田園鉄道の起点「石越駅」。 KD95形気動車。 反対側から。

車内は車両の両端がロングシート、中間部がクロスシート配置となっており、各所に使われている木材が温かい印象を与えていた。殊に、木製の床板には何か懐かしさのようなものを覚えた。

石越駅 車内 車内に飾られた絵画
シンプルなデザインの駅名板。 木製の床が印象的なKD95形の車内。 車内にはかわいらしい絵画も飾られていた。

列車は、エンジンのうなりを軽快に響かせながら石越駅を出発した。乗車日は私が東京に帰る日でもあり、終点の細倉マインパークまで行く時間は無く、途中の栗駒駅で降りて、そこから車で若柳駅に戻り、車両基地に停車していた車両を撮影した。若柳駅の駅員に、車両基地に入って撮影してもよいかと尋ねたところ、快くOKを出していただいたので、間近で写真撮影をすることが出来た。これも、地方ならではのおおらかさであろう。とても温かみを感じた。
くりはら田園鉄道は、栗原電鉄から名前を改称する際に電化を廃止し、非電化路線となった。このときに、架線も撤去されたが、栗原電鉄時代の車両だけは廃車になることなく若柳駅の車両基地で保存されていた。もはや身動きをとることの許されない電車たちは雨風にさらされ、風化し、錆びついていた。この風景には物悲しさを感じずにはいられなかった。

栗駒駅の駅舎風景 栗駒駅のストーブ M182形電車 M153形電車
温かな栗駒駅の駅舎内 石油ストーブが焚かれていた。 M182形電車。風化が進んでいる。 M153形電車。こちらも無残に錆びついている。
カラオケ号 新旧の並び KD95の並び
このような列車が走っていた頃はいつも利用客で賑わっていたのだろうか。 車両基地を見渡す。 現役車両の並び。

SUPER BELL"Zが、くりはら田園鉄道への感謝の思いを歌っている。 くりはら田園鉄道は、今も、そしてこれからも永遠に人々の思い出の中を走り続けることだろう。

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