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歩くんですの箱 SS置き場

躍動感を表現するにはどうすればいいんだろう……と日々考え中。

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小田急撮影

今日は海の日なので、たまには湘南の海へ、ではなく、自宅から自転車で新百合ヶ丘の方に小田急の撮影に行ってきた。自転車で遠出するのが久しぶりだったことに加え、とても暑かったことも追い打ちをかけ体力的にはかなりきつかった。

是政橋 多摩川を渡る南武線。
多摩川に架かる是政橋。
なかなか立派な橋ではないか。
是政橋から南武線を望む。

今回は小田急多摩線の撮影が目的だったので、多摩丘陵を越えて若葉台のあたりを通り、多摩線沿いに出ることにした。しかし、これは完全なミスだった。丘陵地は坂が多く、自転車ではとてもきつい。府中街道を通って一旦登戸に出てから多摩線の方に向かえば良かったと後悔した。そこで無駄に体力を浪費したものの、なんとか多摩線の黒川駅に出られたのは良かったが、黒川駅は高架であり、撮影など出来る状態ではなかった。仕方なく更に坂を上り下りしつつ栗平駅まで出てみたが、このあたりは幸い地上線になっていて、撮影をすることが出来た。

栗平駅のソーラーパネル。
栗平駅の屋根に設置されているソーラーパネル。小田急は設備にはやたらと力を入れる会社である。

小田急3000形 小田急3000形
小田急3000形。
多摩線ではこの車種が圧倒的に多い。
同じアングルから。
今度は各停唐木田行きが来た。
東京メトロ6000系。 小田急3000形
丁度栗平を出発した東京メトロ6000系。 同じアングルから。各停新百合ヶ丘行き。

少し場所を変えてみようと思い、新百合ヶ丘付近まで移動してみた。まず駅の南側の、少し高くなっている部分から撮影を試みたが、このアングルは非常に撮影しにくい。

小田急5000形。 小田急30000形。
懐かしい顔の小田急5000形。だが慌てて撮影したため茂みが見事に被っている。 ロマンスカーEXEこと30000形。こちらも慌てて撮影したため茂みが被っているどころか、ぶれている。
小田急2000形。
上2枚と同じ場所だが、カメラを向ける方向を変えてみた。幅広ドアの2000形。

あまりに撮影しにくいので、駅の北側に行ってみたところ、電車がよく見える場所を見つけた。

小田急8000形。 小田急1000形。
新百合ヶ丘を出発する快速急行の8000形。新百合ヶ丘は快速急行が停車する数少ない駅の一つ。 カーブから顔を出した小田急1000形。ススキが被ってしまった。

体力があればもう少し撮影を続行するところだったが、暑さに耐えられなくなってきたので帰宅することにした。帰りは行きのような苦しみを味わいたくないので登戸まで出てから府中街道に沿って自宅に戻った。

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大回りで横浜線

音楽祭が終わり、ようやく土日の休みも戻ったところで友人と大回り乗車してくることにした。今回はあまり写真がないのが申し訳ない。

新宿→赤羽

中央線で新宿まで行き、新宿から埼京線で赤羽まで向かった。埼京線の列車で疑問なのは、6扉車を連結している編成とそうでない編成があることである。乗車した列車には6扉車が連結されており、そこに乗車した。運転士が新人だったのか停車時の衝撃が激しく、少し気になった。

赤羽→上野

赤羽から上野までは高崎線の電車に乗車した。通常より短い10両編成だったため、ホームには乗車位置に注意するよう喚起する放送が繰り返し流れた。
E231系高崎線
アングルが悪く、手前の箱が目触りに被ってしまった。(赤羽駅)

上野→東京

上野から乗ったのは、ついにE233系2000番台への置換えを完了した京浜東北線である。乗車した時間帯は全列車が快速運転を実施している時間帯で、先に発車した山手線の列車を抜かして先に東京に到着した。乗った車両は落成したばかりの車両だったようで、車内には新車特有の匂いがわずかに広がっていた。

東京→横浜

このまま京浜東北線に乗り続けても良かったのだが、ここで東海道本線に乗り換えることにした。すると、またもや10両編成。更に隣の新橋駅では希少なE233系3000番台を見かけた。いつか実際に乗ってみたいものである。
東海道本線E231系

横浜→八王子

ここからは横浜線で一気に東京まで戻る。列車は根岸線から来た快速八王子行き。流石に快速は速い。40分ほどの乗車時間であったがあっという間に感じた。運が良ければ八王子からホリデー快速に乗れるな、などと考えていたが、八王子に到着するやいなやホリデー快速河口湖号が駅を出ていく光景を目にしてしまい、とても残念であった。
横浜線205系 205系の車内
左:横浜線の205系(八王子)
右:ガラガラの車内。こういう写真が撮れる瞬間はうれしいものである。(八王子)

八王子→拝島

このまま中央線で自宅に戻る……のではなく、折角なので八高線に乗ることにした。あまり乗ることのない箱根ヶ崎行きである。車両は扉やシートのデザインが特徴的な209系3100番台。八高線はドアが半ドア扱いになっているが、それを知らないで自動でドアが開くのを待っている乗客がいた。都会慣れしている人間にはドアボタンを押さないと乗降出来ないという状況が想像つかないのであろう。 八高線209系3100番台
八高線の209系3100番台(八王子)

拝島→自宅

拝島から青梅線のホームに移動すると、運よく東京行きの直通電車が入線してきた。このタイミングの良さはうれしい。欲を言えば201系にも乗りたかったが、そこまで贅沢を要求することは見当違いであろう。
開始から丁度4時間が経過した頃最寄駅に帰ってきた。初乗りの乗車券で自動改札を通れるのは約4時間の間と聞いていたので、通れるかどうか微妙であったが、あっさりゲートが開いてくれた。今日は行程表を準備していなかったので、駅員に逐一説明せずに済んだのは有り難かった。

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遠足

今日は、学校が「遠足」と称する修学旅行予行練習が行われた。管理人が所属する高校の修学旅行は、羽田空港から沖縄へ航空機を使うもので、早朝に羽田集合になるため、その予行というわけである。と言っても修学旅行は冬で、まだ先の話である。

という訳で、羽田空港に7時30分に集合するよう告げられた。これはとんでもなく早い。5時台の列車に乗車しないと到着できないのだ。その上、修学旅行当日はこれより更に1時間ほど前倒しになるらしい。つまり、4時台に家を出ないと間に合わないということである。

今回の遠足は修学旅行ではないので、羽田空港に集合した後は4人ずつの班毎に分かれ都営浅草線の沿線を事前に決めた予定通りに散策し、最終的に15時に上野で解散という企画になっていた。だが、我々の班はその目的を大きく逸脱した旅をすることになる。なお、今回は遠足ということもあって写真の枚数がいつもよりかなり少なくなっているがご容赦いただきたい。

自宅→羽田空港第1ビル

朝は班員のうちの1人と待ち合わせて羽田空港に向かった。京急を使って行く予定にしていたのだが、早朝に空港線内で架線トラブルがあり、一時運転を見合わせていたので念のため東京モノレールを使って羽田に向かうことにした。

羽田空港

我々は7時10分頃に羽田空港に到着。残り2人の班員とも合流し、無事遠足スタート、と言いたいところだが、そうは行かなかった。班は何故か男女各2人ずつの男女混合で組まれており、しかも互いにあまり面識がなかった。その為、我が班の女性陣は「男女別行動をとり、上野での最終確認の時だけ合流する」という結論を出したのである。勿論、この遠足では班内で別行動などということは許可されていないので、この事実が発覚すれば学年集会で公表、更には後輩達にも代々過去の遠足での失敗例として語り継がれ続けることになりかねない。それを考えると、何としても先生や別の班の生徒の目を避けて上野まで到達しなければならなかった。

羽田空港→業平橋

スリル溢れる幕開けとなった今回の遠足。とりあえず我々は業平橋に東京スカイツリーを見に行くことに決めた。冒頭でも述べたが、今回の旅行は都営浅草線沿線を観光するのが目的なので、関係者の目を避けるためにはこのエリア外を行動する方が望ましい。とりあえず、安い運賃で、無駄なく安全にスカイツリーに到達する方法を講じた結果、
羽田空港→京急空港線新逗子行き→京急蒲田→京急本線快特品川行き→都営浅草線印西牧の原行き→浅草→東武伊勢崎線区快北春日部行き→業平橋
と乗り継ぐことにした。一見都営浅草線を使うのはよくないように見えるが、今回の遠足の性質上一気にこの路線を抜けてしまえば以外に安全に利用することが出来る手段であった。浅草から先は東武線なので、遠足の行動範囲を逸脱しているので安全である。結局、なんら問題なく業平橋に到達することが出来た。

東京スカイツリー

建設中のスカイツリーは、業平橋から非常によく眺めることが出来た。この段階でこの建物は389mの高さになっているようだった。しかし、東京タワー(333m)よりもスマートなスタイルの柱なので、東京タワーよりも高いようにはとても見えなかった。
東京スカイツリー
建設中のスカイツリー。天を仰ぐようにしてみると、なかなかスタイリッシュ。

業平橋→両国

無事スカイタワーを見終え、どこか時間をつぶせそうな場所はないかと考えた結果、江戸東京博物館に行くことにした。自分ひとりであれば電車を乗り回すということになったのだろうが……。 ここでは
業平橋→東武伊勢崎線区快北春日部行き→曳舟→東武亀戸線亀戸行き→亀戸→JR総武緩行三鷹行き→両国
と移動した。
東武亀戸線
東武亀戸線の8000系。ワンマンの2両編成で運転されており、ローカル線の空気が漂う。
横綱駐輪場
両国駅前の横綱駐輪場。国技館が近いからといって、このような名前をつけてもよいという理屈にはならない。

両国→上野

両国ではファミレスに入り、依然として持て余した時間をなんとか潰すことにした。
アスパラと鶏肉のドリア
昼食にしたアスパラと鶏肉のドリア。食べるのに時間をかけるために大量にまんべんなくタバスコをかけた。
しかしそれにも限界があり、持て余した時間を消費するすべが無くなったので、上野に戻ることにした。しかし、早いうちに上野や、その周辺に戻ってしまうと我々の班の分裂が発覚する危険が高くなってしまう。そこで、
両国→中央・総武緩行中野行き→新宿→山手線外回り→上野
と移動して時間を浪費する手段を講じた。しかし、上野に到着すると緊張感が高まってくる。先生が待っている公園口を避け、忍びながらも不忍(しのばず)出口から改札を出て、回り道をして残りの班員と合流することに成功した。なお、見学場所で班員全員の集合写真を撮影しなければならないという規定があったので、その場で班写真を撮影し、班行動を共にした偽りの証拠とした。ちなみに、我々同様分裂していた班がもう1つあったことが判明した。彼らはかなり面識のあるメンバーである。どうやら彼らは秋葉原に寄った他、我々と同じように電車を乗り回して時間を浪費したらしい。

上野→自宅

危険は伴ったものの、誰にも見つかることなく遠足を終了でき、一段落である。ここで帰宅ということになるが、大回り乗車の虜になっている管理人としては普通の経路で帰宅するのはどうも勿体ないように感じてしまった。そこで
上野→宇都宮線宇都宮行き→大宮→川越線川越行き→川越→川越線高麗川行き→高麗川→八高線八王子行き→拝島→青梅線東京行き→自宅
という経路で帰宅した。今回は、遠足帰りということで、あまり大がかりなものにするのは避けた。といっても普通に考えれば十分大がかりかもしれないが……。
上野駅の改札を通り、真っ先に私は宇都宮線ホームに向かった。そこから15時05分発の宇都宮行きで、大宮へ向かう。この時間帯の中電は空いていて、疲れている身としては有り難い。
宇都宮線E231系
乗車したのはE231系。
大宮からは川越線の地下ホームへ移動、15時35分に川越行きで大宮を後にした。川越線は、成田線と同様、単線区間を10両編成が走るという、どうも不釣り合いな路線である。乗車率は座席が丁度埋まるぐらい、川越に近付くにつれ少しずつ乗客が降りて行ったものの、始終大きく乗車率が変化する様子は見られなかった。
川越線205系
埼京線・川越線の205系。
川越からは16時06分発の高麗川行きに乗車した。車両は209系。ここで209系に乗ることになるとは思っていなかったので意外ではあったが、使用頻度からするとそこまで珍しいことでもないので、そこまで気にも留めなかった。
ところが、高麗川からの八高線も209系だったのである。流石に連続ともなるとそうそうに起こり得ることでもなさそうなので、驚いた。
八高線209系
209系3000番台。
拝島からは、運よくやってきた中央線直通の快速で自宅に帰宅した。これだけ常識を逸脱した遠足をしたのは初めてのことであるが、トラブルなく終えることが出来て本当に良かった。

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大回り乗車~北関東編~

またしても初乗り運賃(130円)で旅行をすることを計画した。
今回の旅の主な目的はGW限定で運行される臨時快速「足利大藤まつり号」に乗車することである。今回は友人と2人の旅で、指定席券は事前にその友人に取っていただいた。

今回の移動距離は営業キロにして380.8km、まともにきっぷを購入すると6,300円となる距離である。計算すると、1km当たり0.34円の旅行をしたことになる。

上野→友部:常磐線勝田行き1333M

今回のスタートは東小金井。中央線、山手線経由で上野駅まで移動。そこから常磐線に乗車した。列車は15両編成。途中の土浦で前5両を切り離し10両編成で友部を目指した。上野に顔を出す常磐線の普通列車はすべてE533系となってしまい、少し寂しいような感じもする。

E533系勝田行き
土浦駅で撮影。10両編成の先頭車。

友部→桐生:快速足利大藤まつり号桐生行き9722M

今回の旅のメイン、臨時快速足利大藤まつり号である。485系6連で運転。指定席券さえ確保すれば、全席指定の快速列車にも初乗りのきっぷで乗車できる。その気になれば特急でも乗車できるのだ。これはとても大きい。
友部で乗車した時は席はほとんど埋まっていたが、祭りの会場である富田駅でほとんどの人が降り、車内はがらがらとなった。また、快速にも関わらず車内販売もあり、流石に観光用の列車は違うな、という印象を受けた。

足利大藤まつり号 足利大藤まつり号側面 方向幕 列車名の表示
水戸駅で発車を待つ
快速足利大藤まつり号。
イルカが描かれたボンネット部。 方向幕は単に「快速」と表示。 別に紙で種別と行き先を示している。
発車案内 指定券 車内の様子 デッキ部
電光掲示板に表示された臨時快速の発車案内。 指定券。 富田駅出発後、ガラガラになった車内。 デッキの様子。

足利駅

快速足利大藤まつり号は、足利駅で小山方面の列車と交換待ちがあり、その間に何枚か写真を撮影した。足利駅のホームの屋根や跨線橋は国鉄カラーを醸しており、時間があればもう少し写真を撮りたいところだった。

足利駅から 小山行き115系
交換待ちの臨時快速。 到着した小山行き。

桐生駅

快速足利大藤まつり号は終点の桐生に到着。運よく、わたらせ渓谷鉄道の車両が停車中で、発車していくところを撮影することが出来た。単行で桐生駅をでていく姿はなかなかかわいらしい。

桐生駅にて 桐生駅駅名板 桐生駅駅名板 両毛線発車時刻表
桐生駅に到着後、回送になった485系。 駅名板。 駅名板の裏側。 どことなく懐かしい両毛線の発車時刻表。
発車するわ89-310形 側面に描かれた動物イラスト 形式番号 桐生駅を後にするわ89-310形
加速し出したわたらせ渓谷鉄道わ89-310形 側面には動物イラストが描かれている。 ひらがなで始まる形式名は珍しい。 桐生駅を後にしていく。

桐生→新前橋:両毛線高崎行き446M
新前橋→高崎:上越線高崎行き738M

桐生からは211系電車に揺られ、新前橋へ。今回の旅では115系にも乗りたいと思い、終点の高崎まではいかず、途中の新前橋で後の列車に乗り換えることにした。
新前橋からは水上から来た115系4連に乗り、高崎を目指した。井野~高崎間にできた高崎問屋町駅は現在では唯一「雲を友として」、「清流」を発車メロディとしている駅であり、貴重な発車メロディを聞くことが出来た。

水上から来た115系 211系10連 番線表示
新前橋から乗車した115系。 新前橋の側線に停車していた211系10連。 新前橋駅の番線表示。味のあるデザインだ。

高崎駅

高崎駅は、旅行へ行くときには何かとよく利用する駅である。八高線、高崎線、両毛線、上越線と、北へ行くには重宝する路線が集まっているからである。廃止直前にこの駅で撮影した急行能登の写真は、また別な機会に掲載するとしよう。
高崎駅に到着した時間はちょうど昼時であり、駅のベンチで昼食をとることにした。前回の失敗を踏まえ、昼食は朝のうちに買っておいたのだが、高崎駅には駅構内に立ち食いの設備などがあり、その必要は全くなかった。

115系の並び 八高線キハ110 回送される115系
高崎駅で並んだ115系。 八高線のキハ110系。 回送される115系を側面から撮影。
湘南新宿ラインE231系 ホーム入区表
この列車に高崎から乗車。画面左下に気動車3両の停止板が見える。 2番線には「第2ホーム入区表」なるものが貼られていた。

高崎→大宮:湘南新宿ライン特別快速小田原行き3160Y

高崎からは10両の特別快速小田原行きに乗車。籠原からは後ろ寄りに付属編成5両が連結され、15両となった。特別快速と称する割には停車駅が多い気がしたが、それでもそうこうしているうちに大宮に到着した。

大宮駅のホーム
大宮駅のホーム。午後のプラットホームは広々としている。

大宮→武蔵浦和:埼京線新宿行き1408K

大宮からは最強線埼京線で武蔵浦和へ。東北新幹線のすぐそばを走るため、迫力ある新幹線の姿を間近で見られる。ちなみに、埼京線は京浜東北線と同様、実体のない路線の一つだ。大宮~赤羽が東北本線、赤羽~池袋が赤羽線、池袋~大崎が山手線である。

70-000系 205系新宿行き
りんかい線の70-000系で運転される川越行き。 武蔵浦和を後にする205系新宿行き。

武蔵浦和→西国分寺:武蔵野線府中本町行き1418E

いよいよ旅も終盤。東京都へ戻る列車に乗車する。そういえば、武蔵野線でメルヘン顔の205系に乗ったことはほとんどない。この列車もメルヘン顔ではなかった。なお、武蔵野線の205系は制御装置がVVVFインバーターに換装されていることから他の205系とは走行音が異なり、飽きさせない。
西国分寺からは中央線で武蔵小金井に戻った。GWの影響か、午後3時にも関わらず中央線は妙に混雑していた。

武蔵野線の東京行き E233系
東京行きの快速。
乗車した列車とは逆方面へ向かう。
西国分寺駅にて。
勢い良く通過する青梅特快。

前回の大回り旅行では、改札を出るのに苦労したが、今回はあっさりと改札を出してもらえた。このように改札を通してもらえると、気持ちよく旅を終えることが出来る。とても有り難かった。

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くりでんの思い出

突然だが、くりはら田園鉄道の話題である。

2007年3月31日、90年間に渡り、「くりでん」の愛称で親しまれてきたくりはら田園鉄道が廃止された。
くりはら田園鉄道は、1945年4月1日に栗原電鉄として開業し、宮城県内の石越~細倉マインパーク間25.7kmを結んだ第三セクター鉄道である。輸送実績は70年代以降悪化の一途を辿り、ついに惜しまれつつ廃線となった。
廃止の2年前、今から5年も前のことになるが、そんなくりはら田園鉄道を訪ねた。

私は、6年ぶりに宮城県の父の実家に帰った。そのとき、親戚の方が、もうすぐ廃線になるというくりはら田園鉄道に乗せてくれたのだった。
この鉄道の起点はJR東北本線の石越駅、ホームに降り立つと、単行の赤い車両がこじんまりと停車していた。

石越駅 KD95形 KD95形
くりはら田園鉄道の起点「石越駅」。 KD95形気動車。 反対側から。

車内は車両の両端がロングシート、中間部がクロスシート配置となっており、各所に使われている木材が温かい印象を与えていた。殊に、木製の床板には何か懐かしさのようなものを覚えた。

石越駅 車内 車内に飾られた絵画
シンプルなデザインの駅名板。 木製の床が印象的なKD95形の車内。 車内にはかわいらしい絵画も飾られていた。

列車は、エンジンのうなりを軽快に響かせながら石越駅を出発した。乗車日は私が東京に帰る日でもあり、終点の細倉マインパークまで行く時間は無く、途中の栗駒駅で降りて、そこから車で若柳駅に戻り、車両基地に停車していた車両を撮影した。若柳駅の駅員に、車両基地に入って撮影してもよいかと尋ねたところ、快くOKを出していただいたので、間近で写真撮影をすることが出来た。これも、地方ならではのおおらかさであろう。とても温かみを感じた。
くりはら田園鉄道は、栗原電鉄から名前を改称する際に電化を廃止し、非電化路線となった。このときに、架線も撤去されたが、栗原電鉄時代の車両だけは廃車になることなく若柳駅の車両基地で保存されていた。もはや身動きをとることの許されない電車たちは雨風にさらされ、風化し、錆びついていた。この風景には物悲しさを感じずにはいられなかった。

栗駒駅の駅舎風景 栗駒駅のストーブ M182形電車 M153形電車
温かな栗駒駅の駅舎内 石油ストーブが焚かれていた。 M182形電車。風化が進んでいる。 M153形電車。こちらも無残に錆びついている。
カラオケ号 新旧の並び KD95の並び
このような列車が走っていた頃はいつも利用客で賑わっていたのだろうか。 車両基地を見渡す。 現役車両の並び。

SUPER BELL"Zが、くりはら田園鉄道への感謝の思いを歌っている。 くりはら田園鉄道は、今も、そしてこれからも永遠に人々の思い出の中を走り続けることだろう。

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