忍者ブログ

歩くんですの箱 SS置き場

躍動感を表現するにはどうすればいいんだろう……と日々考え中。

【ごちうさSS】記憶よ、もう一度 - Part 20

Part 20


 【20】

COCOA Artificial Intelligence Engine Start Up...

 ぼやけた景色。それがだんだんとはっきりとした輪郭を得ていく。わたしの初めての記憶。

 目の前に何かがある。見えているものをクオリアとして取り込む。辞書からクオリアに一致する概念を検索。
 一致。対応付け完了。

 鼻、目、口……。

 再び検索。一致。対応付け完了。ああ、これは人の顔だ。誰かがわたしをのぞき込んでいる。

「ココアさん!わたしですよ。チノ、チノです!あはは……そんなにじっと見られると恥ずかしいですよ」

 声を認識。辞書に登録されていない語彙「チノ」を対象の人名と認識。画像情報と合わせて記録。「恥ずかしい」対応するクオリア情報なし。

 初めて会った人との会話。こういうときはどうすればいいんだっけ?

 検索。一致。行動パターンに対応付け。完了。

ココア「チノ……はじめ、まして?」

 人に話しかけたら、相手の反応をフィードバック。あ、目から液体が零れている。これは……そう、涙。涙を流すのは「悲しい」とき、「嬉しい」とき、どっちだろう?「悲しい」ならネガティブ、「嬉しい」ならポジティブ、どちらなのか判定を試行。……判定不可。エラー原因は「悲しい」、「嬉しい」ともに対応するクオリア情報が無いため。周辺情報からクオリア情報形成を試行。……エラー。情報不足。

 フィードバック結果。「はじめまして」は、相手に「悲しい」、または「嬉しい」という感情を持たせる。蓄積情報が不足。引き続きの情報収集が必要。

 外の世界。通行可能な領域と、その両脇にそびえる大型構造物。両者を検索。一致。「道路」および「ビル」対応付け完了。「駅」に到着。これも「ビル」の一種。特に「駅」に分類されるものとは?検索。一致。「列車」の発着を確認。実態情報と符合に成功。

 どうやらこれから「列車」に乗るみたい。ということはどこかに向かう?出発地はここ。目的地は不明。どこかに連れていかれる。これは……不安?クオリア情報形成、「不安」と対応付け完了。

 ………………
 …………
 ……

 * * *

 ホームに降り立ったのはわたし達だけでした。駅を出たところはロータリーになっているようでしたが、人の姿はありませんでした。まばらに立つ電灯が辛うじて辺りを照らしているだけの暗がりの中に一台の車が止まっていました。

保登「姉さんの車だ」

 そう言って、保登さんはその車のそばへと向かいました。わたし達が向かうと伝えたら、ココアさんのお姉さんが車を出すと言ってくれたのです。

モカ「こんなところまで来てくれてありがとうね。遠かったでしょ?」

保登「特急で一本だし大したことは無いさ」

 助手席に千夜さん、後ろの席にリゼさんとシャロさん、マヤさんが乗り込むと車内はいっぱいになりました。残ったわたし達は駅に止まっていたタクシーで後を追うことにしました。

 明かりの少ない山道をしばらく走ると、集落に入ったらしく道沿いにちらほらと建物が見えてきました。まもなく、車はおしゃれなデザインのお店の前で止まりました。

保登「着いたよ」

 到着を告げられ、わたし達は各自車から降りました。ココアさんはわたしの後について車から降りて来て、地面の感触を確かめるようにその場で何回か足踏みをしてからきょろきょろと辺りを見回しました。その様子を最初から見ていたわたしは、ずっと無表情だったココアさんの表情がわずかに曇ったのに気づきました。

チノ「不安ですか?」

 わたしが尋ねると、ココアさんはぎこちない口調で

ココア「うん……不安……多分、そう」

と答えました。この場所はココアさんの実家なんだよ、あなたはここで生まれ育ったんだよ。そう教えてあげたくなりました。でも、それは今のココアさんにとっては関係のないことです。何も知らない状態で目覚めたと思ったら見ず知らずの人にいきなりこんな山奥に連れて来られた、ココアさんにとっての真実はただそれだけなのです。

 お店の中を通ってわたし達は2階へと通されました。

ココア母「いらっしゃい。狭いところだけどくつろいで行って?」

 柔らかな笑みを浮かべてわたし達を迎えた女性は恐らくココアさんのお母様でしょう。エプロン姿が板についていて、その身なりからはもともと研究者だったなんて想像もつきませんでした。

ココア母「ココア、久しぶりね」

 そう言いながら、彼女はココアさんの頬に優しく手を添えました。でも、そんな温もりさえ今のココアさんには届きません。表情をこわばらせたままのココアさんに向かって、彼女は柔らかく微笑みかけました。

チノ「辛くないんですか?」

 思わず口をついて出た質問に、彼女は

ココア母「慣れているから」

と答えました。そのたった一言に、彼女が研究所時代から積み上げてきた経験の重みが込められていました。どんなにエプロン姿が板についていても、やっぱりこの人はただのパン屋さんではないのだ、わたしの何倍もココアさんのことを知っているんだということを思い知らされました。

 プログラムの修正が必要だということで、計画を実行するのは明日からということになりました。学校もあるし一度帰ったら、と言われましたが、わたし達の意見はココアさんをそばで見守っていたいということで一致しており、結局泊めてもらうことになりました。

ココア母「それじゃあ、私はプログラムの準備をしてくるわね」

 そう言って、お母様は自室と思われる奥の部屋に下がりました。

マヤ「今から作業って……もしかして徹夜でやるつもりなのかな」

保登「気にしなくていい。母さんも張り切ってるんだ」

 そういうお兄さんの手には、いつのまにやら大量の栄養ドリンクの入ったビニール袋が握られていました。この計画にこんなにも情熱を注いでくれている、それは本当に嬉しいことでした。ここで変に気を遣っても水を差すだけでしょう。わたし達は、それ以上何も言わずに今日泊まる部屋へと下がりました。

 * * *

 翌朝、わたしが居間に出ると既にココアさんのお母様とお兄さんがいて、中央のスペースにはココアさんが寝かされていました。テーブルの上にはパソコンが乗っていて、ココアさんはケーブルでそのパソコンと繋がれていました。

チノ「おはようございます。もう始めてるんですか?」

 わたしは、テーブルの下に大量に転がっている栄養ドリンクの空き缶から目を逸らしながら尋ねました。

ココア母「善は急げ、って言うからね」

 パソコンの画面には何かアルファベットや数字がたくさん並んでいて、ココアさんのお母様が何かキーを叩くたびにそれらの文字が下から上にずらずらと流れていきました。何かが起きているのでしょうが、わたしには何が起きているのかまったく分かりません。ココアさんの様子にも見た目には変化がなく、ただ昏々と眠り続けているように見えました。

チノ「上手く行きますよね……?」

 このまま眠ったままになるんじゃないか、ふとそんな不安がよぎって、わたしはすがるように尋ねました。

ココア母「そうなるように応援してあげて?」

 ココアさんのお母様はそう答えました。ここまで来たらあとはココアさんを信じるしかない、そういうことなのでしょう。

チノ「頑張ってください、ココアさん」

 わたしはココアさんの手を取りながら呟きました。

 まもなく他のみんなも起きて来て、居間には全員が揃いました。みんな、ココアさんを取り囲んで思い思いに応援の言葉を掛けました。

モカ「ココア、頑張って」

 モカさんはココアさんの耳元にそっと囁いて、それからパン屋さんの開店準備のために1階へと降りていきました。

モカ「本当は一緒に見ていたいけど、お店を休むわけにもいかないから」

 そう言って少し寂しそうな表情を浮かべたのもほんの一瞬、次の瞬間には表情を引き締めて階段を下りていくモカさんはもうパン職人としてのそれでした。

ココア母「プログラムのインストールが終わったわ」

 お母様の一言に、みんなパソコンに注目しました。パソコンの画面上には「Super Weather Forecast 1.0 installation completed!」の文字が表示されていました。

シャロ「そっか、天気予報プログラムの改造だからそういう名前なのね」

 シャロさんがプログラムの名前の意味に真っ先に気付いて解説をしてくれました。なんでWeather Forecast?と思いましたがそういうことなら納得です。

リゼ「天気予報どころか過去に遡って起こった出来事を丸ごと復元するんだもんな。あれ、でもそれが出来るなら未来予知も出来るってことか?」

 言われてみればそういうもの……なのでしょうか。確かに、13の前の数字を当てられるなら55の後ろの数字だって当てられるという理屈でいくとそうなりそうですが……。ココアさんのお母様は、その質問にいとも簡単に答えました。

ココア母「そうね。ある程度の精度では可能だと思うわ」

リゼ「マジか!?じゃあココアが起きたら何か予知してもらおうかな」

マヤ「おお、面白そう!」

 未来予知、そのただならぬ響きにわたし達は目を輝かせました。でも、お母様はわたし達の期待をさらりと破りました。

ココア母「作業が終わったらプログラムはアンインストールするわよ」

「「ええ、もったいない!」」

 落胆の斉唱。でも、わたしは内心ちょっとほっとしました。未来が分かってしまうのってなんだか怖い気がしたからです。

ココア母「最初から未来が分かったらつまらないじゃない?」

リゼ「まあそうだけど……」

ココア母「それに、未来には過去と違って必ず不確定要素があるの。だから、予知したとしても必ず当たるわけじゃないわ」

リゼ「そういうものか。過去も未来も実は最初から全部決まってる、って訳じゃないんだな」

ココア母「ええ。過去はもう動かせないけれど、未来は私達次第でいくらでも変えられるのよ」

 だからこそみんな一生懸命将来のために努力をするの、とお母様は笑いました。

ココア母「よし!これであとはプログラムを走らせるだけよ」

 新しい栄養ドリンクの缶を開けながらココアさんのお母様が何やらキーを叩くと、画面にはどのくらいプログラムが進んだかを示すバーとパーセントが表示されました。最初は0%の表示になっていましたが、しばらくじっと見守っていると1%の表示に変わりました。

リゼ「おお、進んでる進んでる!」

 リゼさんが興奮気味に声を上げました。

ココア母「あとはもうココアがプログラムを最後まで走らせてくれるのに掛けるしかないわ」

ココア兄「どっかでバグったら母さんのせいだぞ」

ココア母「バグなんて無い!」

ココア兄「どうだかな」

 口ではそう言っているお兄さんでしたが、顔はにこにこと笑っていました。それだけお母様の作ったプログラムを信頼しているということでしょう。

 その後も、進行状況を表すバーは順調に伸びていきました。滞りなく一定の間隔で増えていくパーセンテージを見ていると、最初の不安は何だったのかと思うほどでした。画面にくぎ付けだったわたし達の視線もいつしか画面から離れ、ココアさんのお母様やお兄さんも交えて会話の花を咲かせました。学校生活について、リゼさんとシャロさんの恋について、ラビットハウスや甘兎庵のお仕事、パン屋さんの1日、田舎町での暮らし、青山さんの新作、弁護士の1日……、いろいろなお話をしました。お昼頃にココアさんのお姉さんが一度上がって来て、バスケットに入れた焼きたてパンを置いていってくれました。ふかふかもちもちのパンを食べてまた他愛もないお話で盛り上がって……そうこうしているうちに夕方になりました。

 プログラムの進行状況は98%を示していました。

ココア兄「いよいよ終わりじゃん」

ココア母「良かった……どこかでエラーがでるんじゃないかって実はちょっと不安だったから」

 そして、いよいよパーセンテージが99%になり……そこで事態が急変しました。

[WARNING] FATAL ERROR OCCURED.

 画面上に現れる警告表示。

ココア兄「どうしたんだ?」

ココア母「落ち着いて。ここまで来たわけだし、大したことではないはずよ」

 そう言いながらも、ココアさんのお母様の額には汗がにじんでいました。

マヤ「何かヤバいのか?」

 穏やかな空気は一瞬で消し飛びました。

ココア母「こういう時は、とりあえず計算できたところまでのデータを調べてみれば分かるはず」

 ココアさんのお母様が素早くキーボードを打ち込むと何やら大量の文字が現れました。ココアさんのお母様は、それらの文字を上から順に素早く読んでいき、そして呟きました。

ココア母「足りない。パズルのピースが欠けているんだわ」

 パズルのピースが欠けている、それが一体何を意味しているのかは分かりません。でも……

チノ「その足りていないものを補えばいいんですか?」

ココア母「そういうことになるわね。だけどそれが何なのかは分からない……」

チノ「もしそれを補うことが出来なかったら?」

 ココアさんのお母様はわたしの質問には答えず、ただ力なく首を振りました。その仕草がすべてを物語っていました。

チノ「そんな……」

 やっとここまで来たのに。あと少しだったのに。
 でもその少しが永遠に遠ざかっていく……。

 気づいたら涙が勝手に流れ出していました。後から後からとめどなくあふれてきて、うなだれるみんなの姿が滲んでいきました。ココアさんのお兄さんとお母様が何かを話しているようでしたが、もはやその会話を聞く余裕さえありません。

ココア兄「足りないというのは、何が足りないんだ?」

ココア母「境界条件よ。計算を進めるのに絶対に必要な条件なの」

ココア兄「例えていうなら、未知数が5個あるのに方程式が4本しか無い、というわけか。何が足りていないかある程度絞り込めないのか?」

ココア母「分からないわ。でもきっと、足りていないのは感情に関する何かだと思う」

ココア兄「心の動きが再現出来ていないから、過去のココアの行動の中に計算で求められない部分がある。そういうわけか」

ココア母「そうね。データが足りていないなら追加で入力することも出来るんだけど……」

ココア兄「感情は本人の経験で形作られる。だからこっちで入力することは出来ない、と」

ココア母「ええ……」



ココア兄「要はお手上げ、ってことか」



Part 20に続く

拍手[0回]

PR