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歩くんですの箱 SS置き場

躍動感を表現するにはどうすればいいんだろう……と日々考え中。

【ごちうさSS】記憶よ、もう一度 - Part 19

昨日公開分(Part 18)の公開が時間よりだいぶ遅れてしまったので、もし見逃していたら先にそちらをご覧ください。

Part 19


 【19】

 さっきまでの大雨が嘘のように晴れ渡った青空の下、わたし達は急ぎ足でココアさんの元へと向かいました。雨上がりのぬかるんだ道路は太陽の光を浴びてきらきらと輝いています。

保登「きっと、今のココアは君たちに会ったらすぐに記憶を失ってしまうだろう。覚悟しておいて欲しい」

 ココアさんのお兄さんは速足で歩くわたし達を諫めるように言いました。まもなくわたし達は小ぢんまりとした二階建てのアパートの前に着きました。

保登「狭いところで申し訳ないね」

 そう言いながら、保登さんは入り口付近の一番手前にある部屋の鍵を開けてわたし達に入るように促しました。

「「おじゃまします」」

 一同あいさつしながら部屋に入ると、奥の方から物音が聞こえました。誰かが出てきたようです。

ココア「お兄ちゃーん、お客さん来てるの?」

 それは懐かしい声でした。わたしがずっと聞きたかった声。もしかして夢なんじゃないか、そう錯覚するほどにくらくらとした浮遊感がわたしを包み込みます。お兄ちゃん、と呼んでいるのがなんだか新鮮で、自分が呼ばれているわけでもないのになんだかくすぐったい感じがしました。

 けれど、そんな夢心地の時は一瞬で砕け散っていきました。

ココア「なん……で……」

 わたし達を目にした瞬間、ココアさんは恐怖に襲われたように身をすくめました。

ココア「ダメ……来ないで……」

 じりじりと後ずさりするココアさんの姿に胸が締め付けられました。わたしは、喉の奥から絞り出すようにしてココアさんに呼びかけました。

チノ「ココアさ……」
ココア「やめて!」

 でも、わたしの声はココアさんの鋭い叫び声にかき消されました。そして次の瞬間、ココアさんは両手で頭を押さえて苦しそうにうめき声をあげました。

ココア「ああ……ダメ……やめてっ……」

リゼ「なんだ?どうしたココア!?」

千夜「しっかりして、ココアちゃん!」

ココア「あああ……うわああああっ」

 みんなの心配する声にも答えず、ココアさんはうめき声を上げ続けています。

保登「始まったか……」

チノ「始まったって、もしや……」

保登「ああ、記憶消去プログラムが動き始めたんだ」

チノ「そんな……」

 言われてみればココアさんの動きは記憶が頭から零れ落ちていくのに抗おうとしているようでした。でも、そんな抵抗もプログラムの絶対的な強制力の前にはまるで無意味でしかありません。

ココア「あああ……」

 やがてココアさんの動きは止まって、そのまま眠ったように床に崩れ落ちました。

チノ「ココアさん……?」

保登「すぐに目を覚ますだろうさ。だが、その時にはもう何も覚えてはいないだろう」

 そう言うココアさんのお兄さんの口調はとても淡々としていました。ですが、わたしにはその冷静な態度が本当はただの強がりでしかないのだと分かりました。言葉の節々で声が震えていて、こぶしも固く握りしめています。

 わたしは、床に横たわるココアさんに近づいてそっと顔をのぞき込みました。表情はとても安らかで、ただ眠っているようにしか見えませんでした。「彼女はもう何にも覚えていないのだ」そんなことを言われても実感が沸いてきません。けれど、すぐ後ろでひたすら何かに耐えるように唇を噛んで立ち尽くすココアさんのお兄さんが全てを物語っていました。

 しばらくして、ココアさんは目を覚ましました。見開かれた瞳はぼんやりとしていて何も映し出していないように見えました。

ココア「スタート・アップ」

 表情のない声でココアさんが呟きました。その冷たく無機質な響きはココアさんのものであってココアさんのものではないようで、今更ながらまるでロボットみたいだと思いました。

ココア「COCOA・システム・イニシャライジング」

ココア「コンフィギュレーションモード・オート」

 いかにも機械らしい話し方をするココアさんを目の前に、不思議と動揺はありませんでした。それどころか、物珍しいと思う余裕さえありました。そんな場違いな感想を持ってしまうのは、聞き慣れない言葉を次々に繰り出すココアさんがわたしの中のココアさんのイメージとあまりに結びつかないからでしょうか。

ココア「ランゲージ・アイデンティフィケーション:アイ・リクエスト・アイデンティフィケーション・ワード」

保登「日本語だ」

ココア「アイデンティフィケーション・ワード・イズ・アクセプテド」

ココア「言語、日本語を設定しました。辞書を読み込みました。新たな語彙は自動で学習、記録されます。今すぐ語彙情報を更新する場合は語彙録のインストールをして下さい」

ココア「時刻はNTPサーバより自動で同期されます。標準時からの誤差を時間、または経度情報により指定して下さい」

保登「九時間」

ココア「標準時プラス九時間に設定しました。AIを起動します。AIとの円滑なコミュニケーションには学習による言語使用パターンの構成が必要です。直接オペレーティングシステムにアクセスするにはオーソリティーモードを使用して下さい」

ココア「……」

 しばらく不思議なやりとりが続いた後、ココアさんは急に静かになりました。ココアさんは一度目を閉じて、そしてまた開きました。その瞳はもう先ほどまでのぼんやりとした焦点の定まらないものではありませんでした。光を映した瞳はわたしの知っているココアさんそのままで、わたしは思わず

チノ「ココアさん」

と呼びかけました。その声に応えるように、ココアさんの視線がじっとこちらに注がれました。

チノ「ココアさん!わたしですよ。チノ、チノです!あはは……そんなにじっと見られると恥ずかしいですよ」

 ココアさんはわずかに首を傾げたようでした。唇が動き、ぎこちなく言葉が紡がれました。

ココア「チノ……はじめ、まして?」

 はじめまして。
 わたしは最初、その言葉の意味が理解できませんでした。わたし達が再会すればココアさんの記憶が消えてしまうのは最初から分かっていたことなのに……でも、やっぱりわたしを知らないココアさんなんて有り得なくて、心が受け入れるのを拒否していたのです。けれども、その思いやりに満ちた、そしてこの上なく残酷な言葉はじわじわとわたしの心の中に沈んでいきました。その言葉を発した声も、声の持つ温かみもわたしが知っているココアさんそのもので……。だからこそ、ココアさんはもう何も覚えていないのだという事実がどうしようもなく実感として心に突き刺さりました。

 胸の奥の方から何か分からないものが後から後から零れ出して、じわじわと視界がにじんでいきました。誰かがココアさんの名前やわたしの名前を呼んでいるのが聞こえた気がしましたが、その声はずいぶん遠くから聞こえてきたように曖昧でよく聞き取れませんでした。霞む景色の中、ココアさんが不思議そうな目でこっちをじっと見つめていることに気づきました。

 どうしてそんな何も分かっていないような純粋な瞳でこっちを見るのですか?それじゃあまるで生まれたばかりの赤ん坊みたいじゃないですか……。いえ、実際のところ今のココアさんはほとんどそれと変わらないのでしょう。覚悟はしていたつもりなのに胸がきりきりと痛んで、このままひねり潰されてしまいそうでした。

千夜「苦しいのは分かるけど、今は泣いてる場合じゃないでしょう?」

 すぐ耳元でそんな声がして、わたしははっと我に返りました。そうでした。ココアさんが記憶を失ってしまうのは初めから分かっていたこと、わたし達はその記憶を取り戻すためにここまで来たのです。

チノ「ごめんなさい、ちょっと混乱していたみたいです」

リゼ「無理もないよな。私だってすごくショックだったよ。変な言い方だけど、チノが取り乱してくれたから逆に落ち着いたっていうか……」

チノ「なんですかそれ」

 すでに伸び始めた影法師を引き連れてわたし達はぞろぞろと駅へ向かいました。気がつくとずいぶん速足で歩いていて、あっという間に駅に辿り着いていました。目的地に着く頃には日はすっかり沈んでいるでしょう。でも、わたし達の一日はこれからです。

Part 20に続く

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