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躍動感を表現するにはどうすればいいんだろう……と日々考え中。

【ごちうさSS】記憶よ、もう一度 - Part 16

Part 16

 【16】

 日曜日、わたし、千夜さん、メグさん、マヤさんの4人はリゼさんの自宅に押し掛けました。リゼさんも加えた5人の前には、NPASS反対運動のリーダーを務める天々座会長――リゼさんのお父様が座っていました。

リゼ「もうこんなことはやめてくれ!」

 まずリゼさんが叫びました。

リゼの父「こんなこと、とは?」

 対する天々座は冷静に聞き返しました。

リゼ「決まってる!NPASS反対運動のことだ!」

リゼの父「前に言ったはずだ。『リゼはリゼで自分の信じることをやればいい。俺は俺の信じることをする』と」

リゼ「誰にも迷惑を掛けないのならそれでもいい……けど!あの活動のせいで今何が起きてるのか知ってるのか!」

リゼの父「活動は順調だ。最近ではNPASS反対の風潮が強くなってきている。良い傾向だ」

リゼ「良い傾向……?犠牲者が出ているのに?いまNPASSから生まれた子ども達がどんな目に遭っているのか分かってるのか!」

 リゼさんは、自らの父に掴みかかろうとしました。

千夜「リゼちゃん、落ち着いて!」

マヤ「カッとなったらダメだ!」

 飛びかかろうとするリゼさんを、千夜さんとマヤさんが制しました。その間、今度はメグさんが前に出て、リゼさんとは対照に冷静な口調で言いました。

メグ「万能細胞から生まれた子どもの思考回路に社会不適合な部分があるというのはまったくのデタラメです」

リゼの父「本当にそうかね?万能細胞を作るときの遺伝子操作技術に欠陥があるのを隠してたというじゃないか。欠陥がある技術を使って生まれた子どもに欠陥あるとしても不思議ではない」

メグ「遺伝子操作技術はまだ研究段階です。研究不正があったのは残念なことですが、そもそもあの技術は実際に利用できるレベルには到達していません」

リゼの父「研究所は確かにそう言っている。あの技術はまだ利用されていないと。だが今回の件で、警察がNPASS生まれの子ども達に対する警戒を強めている。これはもはや国が過失を認めたのと同義じゃないか?」

メグ「警察は警察の独自の判断で動いています。噂に確証はなくても、市民の安全が脅かされる可能性があるなら早めに対策を打つ。そういう判断をしたのでしょう。多数の人間のためなら少数派を犠牲にするのが警察ですから」

リゼの父「どっちにしろ噂がデタラメだという証拠はどこにもない」

メグ「本当だという証拠もありません。いや、仮にそれが本当だとしたってNPASS生まれの子ども達を差別していいことにはならない。根拠のない噂によって罪のない子ども達が苦しめられるというのは許されることではありません」

リゼの父「確かにそれは悲しいことだね。でもNPASS生まれである以上仕方のないことでもある」

チノ「仕方がなくはありません!シャロさんだってそのせいで苦しんでいるんです」

リゼ「そうだ!私の大切なシャロが傷ついているのを黙って見てられるか!」

リゼの父「だからNPASS反対運動を止めろと?勘違いしているようだが、私に言ったところで件の噂が途絶えるわけではない。あの噂を流したのは我々ではないからな」

リゼ「よくもそんなことを白々しく……メグ、さっきもらったチラシを」

メグ「はい。ちょうどラビットハウスの横を通ったときにもらってきました。ちょうど印刷されてきたばかりものですよ」

チノ「わたしの父が印刷したものです。できれば父とは呼びたくありませんが」

メグ「読み上げます。『立ち上がれ!みんなの力で犯罪者の泉“NPASS”を止めよう!』――あなたがたの組織が例の噂を利用しようとしていた証拠です」

リゼの父「……NPASSの中止は我々にとっての大義だ。目的のためなら噂でも何でも利用する」

チノ「そうですよね……。あなたがたの組織はそういう組織でした。ココアさんだって今はあなたがたの手の中にある。一体ココアさんをどう利用しようというんですか!?」

リゼの父「ココア君のことは別だ。誓って言うが、彼女を何かに利用しようということは決してない」

チノ「そんな言い分をどうやって信じろと?目的のためならシャロさんみたいな罪のない人達を傷つけたって構わないと思ってるような組織がココアさんを手に入れる目的なんて一つじゃないですか!」

リゼの父「確かに、我々はNPASSを止めるためなら手段は選ばない。だがココア君は特別なんだ。我々が保護しているのも、あくまでココア君がそれを望んでいるからだ」

チノ「ココアさんがどうしてそんなことを望むと?」

リゼの父「本当のことだ」

 話はどこまで行っても平行線でした。わたしが次の言葉を探していると、天々座氏はぽつりと呟きました。

リゼの父「NPASSをやめさせる。あのプロジェクトの犠牲者をこれ以上出させない、それが我々の使命だ」

 その言葉は、もうわたしに向けられたものではありませんでした。誰に向けたわけでもなく発された言葉に真っ先に反応したのは千夜さんでした。

千夜「犠牲者……?それは誰のことですか?もしかしてNPASSによって生み出された子どもたちのことだとでも言うんですか?」

リゼの父「そうだ。計画された数字に従って人工的に作られて実の親もおらず。それだけでも悲劇なのに、あの子は万能細胞から生まれたからと後ろ指を指され、あげく欠陥だらけの遺伝子操作をやられたかも知れないんだ。犠牲者以外に何と呼べばいい?」

 この発言が、千夜さんのトリガーを引いたようでした。普段の千夜さんからは想像もできないような怒りの炎が彼女の瞳の奥で燃え上がるのを感じました。

千夜「そんな……そんなことが平気で言えるなんて」

 千夜さんの声は、静かでしたが確かに激情をたたえていました。

千夜「人工的に作られたって、例え親と血が繋がってなくたって、それでも幸せな家庭を築くことは出来ます。それを悲劇だなんて……そんなのただの差別意識でしかない。万能細胞から生まれた子たちにあらぬ疑いを掛けて後ろ指を指して……そうやってあの子たちを犠牲者にしてるのはNPASSに反対してる人たちじゃないですか!」

 狭い部屋の中に千夜さんの声が響き渡りました。

 天々座氏は何か言おうとしているようでしたが、返す言葉が無かったらしく何も反論してきませんでした。その様子を見たリゼさんが畳みかけました。

リゼ「いい加減認めろ。お前たちのやってることは、ただNPASSで生まれた子どもたちを苦しめているだけだ!」

リゼの父「親に向かって『お前』とは感心しないな。俺はお前をそんな無作法な娘に風に育てたつもりは無いが」

リゼ「お前はお前だ!こんな活動を続けるつもりなら私はこの家を出ていく。親子の縁だって切ってやる!」

 リゼさんのその一言が引き金になったのでしょう。天々座は、これまでの冷静な態度を一変させて激しい口調で言いました。

リゼの父「貴様らに何が分かる!……俺はNPASSのプロジェクトが設立した最初の頃からずっとNPASSを知っている。貴様らが生まれる前からNPASSを知ってるんだ!ここ最近のニュースしか知らんような小娘に俺の気持ちが分かるか!!」

 そして、天々座氏は堰を切ったように語り始めました。それはとても長いお話でした。

 * * *

 俺たちに仕事が言い渡されたのは今からもう30年も前のことだった。当時俺は高校を卒業して軍に配属されたばかりだった。俺は軍人を育てるための学校に通っていたのだ。そこで受けた兵科教練はずいぶんと大変だったが、同時に日々自分が成長しているという実感があって毎日充実していたな。

 この国は戦争もないし、軍隊に所属しても訓練ばかりで仕事など無いと思っていた。だから有事を言い渡された時は驚いた。入ったばかりで不安でもあった。ところが、仕事は国内で行うもののようだった。もし戦争となれば国連の平和維持軍として海外派遣ということになるだろうから、どうも俺は戦争に行くわけではないらしい。災害復旧かな、とも思ったが、その時大きな災害があったとは聞かなかったし、はてと首をかしげたものだ。

 俺は地方の研究都市に回された。なんでこんなところに、と思ったのだが、行ってみてすぐに分かった。俺の仕事先はNPASSの研究所だった。当時の俺はNPASSが何をするプロジェクトなのかということすら分かっていなかった。だが、どうもこのプロジェクトに猛反対している連中がいるらしい。そういう連中が毎日研究所の前で研究中止を叫ぶデモをやっていた。基本的には大声でシュプレヒコールを上げるという内容なんかが主だったが、中には火炎瓶やら手榴弾やらを持っていてそれを投げつけてくる過激な奴らもいた。闘争も得意で、警察なんかと互角の取っ組み合いをやっていたりとなかなか手強い奴らだった。

 そういう奴らの暴動やテロを止めろ、というのが俺たちの任務だった。闘争は日々激しくなるばかりで、いよいよ警察の手に負えなくなってきたというのがその理由だった。確かになかなかすごい。なにせ私立軍隊みたいなやつを結成して、本気で研究所を潰しにかかってくる連中が現れた。闘争に参加している奴らの大半は思想に染まった大学生だった。ちょうど学生運動が盛んな時代だったのだが、地元での運動だけでは飽き足らずこんなところまで出張ってきたわけだ。

 話は少し飛ぶが、ある日の昼休み、俺が研究所の敷地内を練り歩いていると1人の女の子が向こうから歩いてきた。歳はせいぜい15、6ってところか。事務員の制服を来ていなかったから研究員かなと思ったが、それにしては若い。こんな子がなんでこんなところにいるんだろうと思った。しかも、彼女の足取りはどうも覚束ない感じに見えた。心配になった俺は、話を聞いてみようかと思い彼女を昼飯に誘うことにした。研究所にも食堂はあったが、俺は大体外にある定食屋か蕎麦屋で昼飯を食うことが多かった。その日は確か定食屋にしたと思う。俺は、その女の子に好きなものを食べて良いと言ったが、彼女は何もいらないという。食事を食べる試験は散々やらされているからもういい、と。

 食べる試験?どういう意味だろう。聞いてみても、彼女の答えはあまり要領を得ないものだった。とにかく生気が抜けたような感じだったんで、美味しいものを食べて元気を出した方が良いと言ったのだがなあ。

 昼休みが終わると、彼女は研究所の建物の中に消えていった。俺はどうも彼女のことが気になった。それで、次の日の昼休みにも前日彼女を見つけた場所に行ってみた。彼女は前の日と同じように覚束ない足取りで建物から出てきた。俺はまた彼女を食事に誘った。とにかく彼女に元気を出して欲しかった。

 それ以降、俺は昼休みのたびに彼女を食事に誘った。

 彼女にはいろいろな話をした。どんなに辛い時でも人と話をすれば少しは気が紛れる。それで少しでも元気を出して欲しかったんだ。だが、彼女はどんな話にも「うん」とか「そう」とかそっけない相槌を打つだけで、実質俺がずっと一方的に話しているようなものだった。だから俺は、少しでも彼女が興味のある話題はないものかといろいろ探してみた。女性が好きそうなファッションの話題なんかも仕入れてきては話してみたが、反応はイマイチだった。そんな感じで、しばらくは打ち解けない日々が続いた。ただ、毎日会って話していると彼女の反応が少しだけ豊かになる話題があることが分かってきた。それは俺自身の身の上の話だった。毎日の仕事のこととか、昨日箪笥の角に小指をぶつけて痛かったというような他愛もない話が彼女の心を一番掴んだんだ。どうしてこんなどうでもいい話に興味を持ってくれるのかは分からなかったが、その理由は後に明らかになることとなった。

 ある日、俺は自身の生まれ故郷での思い出の話をした。その流れで、俺は彼女に「君にも何か思い出は無いのか」と聞いてみた。すると、彼女は答えた。
「わたしは思い出を作るほどの年月も生きていないし、いろいろな場所を見て来たわけでもないの」
 その答えは俺にはよく分からなかった。十五、六なら俺とそれほど歳が変わるわけでもない。いろいろな場所とは言っても、俺だってここに来るまで地元を出たことは無かった。なので、どういうことなのか聞いてみた。すると、彼女は教えてくれた。
「実はわたしはまだ四年しか生きていないの。研究所で生まれて研究所で育った。研究所の敷地から出ることも禁じられてるから、外に出たことはなかった」
「どういうことだ?」
 俺は困惑した。研究所の外に出られないってとんだ箱入り娘だ。いや、一番の突っ込みどころはそこじゃない。4年しか生きてない?ということは4歳なのか?ありえない!
 俺はすごく間抜けな表情をしていたと思う。そんな俺に見かねたのだろうか。長い沈黙の末、彼女は口を開いた。
「本当は秘密だけど、あなたには教える。ずっと話し相手になってくれたあなたには聞く権利があると思う」
 俺は息を飲んだ。
「わたしはロボットなの。コードネームはCOCOA(ココア)」
 ココアっていうのか。そういえば、俺は今まで彼女の名前すら聞いたことが無かった――最初に思ったのはそんな間抜けなことだった。「ロボット」という言葉があまりに意外で頭がすぐに認識してくれなかったのだ。
「ロボット?ということは、君はあの研究所で作られたのか」
 ようやく事実を認識した俺は、彼女にそう問い返した。
「そう。NPASSの目的、知ってる?それは、優れた人工知能を搭載した人工知能を載せたロボットを作ること。わたしはそのための試作一号機」
「君がそうだったのか……」
 ロボットを使って実験をしていると噂には聞いていた。でも、それがここまで人間と変わらない姿形であるとは想像もしていなかった。だが、それを知れば彼女のこれまでの言動にもすべて納得がいった。俺が普段どんな生活をしているかという話に興味を示していたのも、普通の人間とはどんな風に生きているものなのかという好奇心からのものだろう。
「実験は辛いのか」
 俺は聞いた。彼女は無言だったが、どう見ても肯定したのと同じだ。
「俺に何ができるという訳でもない。だが、辛かったから何でも話して欲しい。誰かに話すだけでも少しは楽になるだろう」
 その日から、彼女は少しずつ俺に心を開くようになった。

 その当時、もう1人知り合った人間がいた。そいつに初めて会ったのは、俺が仕事終わりにバーで1人で飲んでいたときだった。俺の近くの席で同い年くらいの男がやはり1人で飲んでいた。退屈だった俺は、そいつのところにいって話しかけてみた。話してみるとずいぶん面白い奴だった。聞いてみるとどうもNPASSの反対運動をやってるらしい。軍の奴らとは考え方も何も違う、上手くは言えないが、大学生独特の知性というか、そういうものを感じたな。とにかく、そいつとの会話は俺にとっては随分と新鮮だった。
「お前は俺たちのような人間から研究所を守っているらしいな。だが、お前は自分が守ろうとしてるNPASSについてどこまで知ってる?」
 ある日、タカはそんなことを聞いてきた。タカというのはその男のあだ名だ。俺は答えに窮した。俺たちは何も知らされていない。ただ軍の命令に従っているだけだ。そんな無知な俺に、タカは教えてくれた。
「少子化に歯止めをかけるために、人間の代わりになるロボットを開発してるんだ。人工知能を積んだ、いわゆる人型ロボットってやつだ」
「人型ロボットを?」
 もちろん聞いたことはある。最近は随分技術も発達して、かなり人間に近いものが作れそうなところまで来ているという。だが、それがどう少子化に繋がるのか、俺れの中ではイマイチ繋がらなかった。そんな俺の疑問にも、タカは当然のことのように答えて見せた。
「ロボットは工場で計画した数だけ作ることが出来る。政府が出した、50年後の人口ピラミッドの予想図を見たことがあるか?ああやって、政府は毎年どれくらいの子どもが生まれ、どれだけの老人が死んでいくかの見通しを立てる。その見通しから、人口バランスの不足を補うにはどれほどの子どもが必要になるかをはじき出すわけだ」
「そんな予想をして本当に当たるのか?」
「数字の予測なんてそう難しいことじゃない。だが、いくらその数字をはじき出したところでそう都合よく子どもの数を調整出来るわけじゃない。当然だ。そこで政府は考えた。自然に生まれないなら、人工的に生み出してしまおう、と」
「なんとも薄気味悪い話だな」
「その薄気味悪い計画を立て、実現に向け日夜研究してるのが、お前が毎日必死に守ってるNPASS研究所だ」
「そう言われると複雑な気持ちになるな。だが、それで少子化を解決できるなら研究所のやってることも悪いこととは言えないんじゃないのか?」
「いや、こんなやり方がまかり通ってはならない。同じことが出来て見た目も区別がつかなければ人間も機械も同じ。そんな考え方ではすぐにこの国は廃れていく。産業革命の時と同じだ。労働者を使い捨ての駒のように扱うのが当たり前になる。人間の尊厳というものはどんどん軽視されていくことだろう。国というのは、1人1人の人間の集まりだ。人間を大切にしない国はやがて根っこから腐って倒れていく。そんなことは絶対に許さない。俺は最後まで戦う」
 その言葉に俺は驚いた。いや、驚いたのは内容そのものじゃない。タカの言っていることは正しい。納得できる内容だ。だが、そんな理由でわざわざ危険を冒してまでNPASSに抵抗しようというというのか。俺は、これまでそんな正義感に溢れた人間に会ったことはなかった。皆生きることに必死で、とにかくまずは自分のために行動しようとしていた。
 俺は尋ねた。
「どうしてそんなに必死になれるんだ」
 その質問に、タカは一瞬目を見開いた。
「信念のために戦うことはそれほど不思議なことだろうか?」
 なるほど、タカにとってはそれがごく自然な考え方らしい。俺とは根っこから違う育ち方をしたのかも知れない。俺は、半分冗談のつもりで言ってやった。
「恵まれた者の考え方だ」
 タカは、俺の揶揄に対して別段否定しようとはせず「そうかも知れない」と言っただけだった。

 昼休みをココアと2人で過ごす日々はそれからも続いた。彼女は少しずつ研究所での生活のことを話してくれるようになった。彼女の1日はバッテリ状態の確認から始まるらしい。彼女が寝るベッドには無線で電力を送る装置が付いていて、寝ている間に充電を行うのだ。担当の研究者から充電量などの確認を受けて、着替えをした後食事を摂る。
「本当は食べる必要はないんだけど」
と彼女は言った。これも実験の一環なのだ。摂った食事は水分を抽出した後加熱処理されて灰となり体内のタンクに蓄積されるらしい。排出時は原則として人間の排泄と同じ方法が取られるが、研究所ではタンクごと直接取り出されて検査に付されることもあるという。成分ごとの分解性能を見るために特定成分を含んだ物質だけを処理させられる検査などもあって、検査だけで1日が終わることも珍しくないようだ。
 そんな検査の中でも彼女が何より辛いと言っていたのは、人工知能の能力を測定するための知能テストだった。単純な記憶や計算のテストはともかくとしても、研究員から何かを指示されて効率よく処理する能力を測る検査や性格診断のようなよく分からない問題を解かされ続ける検査、映画を観たり小説を読んでいる時の反応をずっと監視され、終わった後に感想を言わされたりする検査などが辛かったという。その中には人間に対しては絶対に行えないような非人道的な心理学実験も含まれていた。例えば記憶の生成過程の検査と称してトラウマ体験の記憶を植え付ける検査、冷却機能を無効にした状態でしばらく放置される検査(それは、人間でいうところの拷問に該当するらしい)、無理やり細工をされたプログラムを読み込まされて言いたくもないことを言わされたり、やりたくもないことをやらされたりする検査などだ。
「本当に怖いの。本当はノーと言いたいのにプログラムが勝手にイエスって答える。プログラムが自分の意思に関係なく動く恐ろしさは、実際に味わった者にしか分からないと思う」
 そう言った彼女はとてもか弱く見えて、風が吹けば目の前からいなくなってしまうんじゃないかと思った。
「逃げ出したいか」
 俺は彼女に聞いた。彼女はしばらく黙っていたが、
「例え研究所を出たとしても、わたしに行くところなんてないよ」
 半分独り言のように呟いた。

 出来るならココアのことをどうにかしてやりたかった。だが、俺は国の命令で研究所を守っているだけの衛兵だ。下手なことをすれば俺は軍を追放され、もう二度とココアに接触する機会もなくなるだろう。どうするべきなのか、結論が出ないまま時間だけが経っていった。そんなある日のことだった。いつもの場所でココアが出てくるのを待っていたら若い女性に話しかけられた。白衣を着ているから研究員なのだろう。整った顔立ちだがその表情には少し疲れが見えた。
「あの、ココアちゃんをいつもお昼に誘ってらっしゃる方ですよね」
 彼女は俺に向かって尋ねた。ココアを研究所の外に連れ出しているのがバレていたのか。厄介なことになった。言い逃れをしたところでどうしようもないので、俺は「はい、そうです」と答えた。
「私、ココアちゃんの管理、検査を担当しております研究員の保登と申します」
 彼女は俺にそう自己紹介をした。
「ココアを外に連れ出すなと言いに来たんですよね?」
「いえ、そういうことではありません。むしろあなたには感謝しているのです。私は上からの命令でココアちゃんに辛い思いをさせています。本当はこんなことはしたくない、実験を全部やめて優しく抱きしめてあげたい……でもそういう訳にはいかないんです。ココアちゃんの心の支えになってあげられているのはあなただけです。本当にありがとうございます」
 彼女は俺に向かって頭を下げた。それで、俺は逆に恐縮してしまった。
「そういうことなら俺も好きでやってるだけですから」
 俺は慌ててそう答えた。
「あなたにお話があります。今夜、お時間をいただけませんか?」

 その晩、彼女に連れられてきたのはいつものバーだった。タカが先に来てカウンターでカクテルを飲んでいた。
「COCOAが研究所で酷い目に遭っているのは知っての通りだろう。お前はどうしたい?」
 タカは俺に尋ねた。俺は迷わず答えた。
「もちろん何とかしてやりたいさ。こんな研究なら止めさせたほうがマシだ」
 軍の上層部に聞かれたら大目玉を食らうのは間違いない。でも、それが今の俺の本音だった。
「保登さん、君はどうだ?」
 タカは彼女にも同じ質問をした。
「私も同じです。もうこんなことは終わりにしたい」
 俺たちの答えを聞いたタカは声を潜めて言った。
「そう言ってくれると思っていた。そんな君達に耳に入れておきたい情報がある。口外は無用だ。守れるか?」
「はい、守ります」
 保登さんは真剣な目でそう答えた。俺の答えも同じだった。
「ああ、分かった。聞かせてくれ」
 俺が先を促すと、タカは話し始めた。
「近々、俺たちはNPASS研究所を焼く」
「焼く?」
 俺達は息を飲んだ。
「そうだ。研究所全体が火の海になる。うちのハッカーが研究所の配電制御盤にハッキングする方法を見つけたんだ。それを使って液体窒素タンクの冷却系統に供給する電気を止める。しばらくすると中の液体が気体になって膨張し爆発を起こすだろう。すると、守っていた軍の者は皆そこに駆けつける。守りが手薄になったところで俺たちは敷地内に侵入、燃料をばら撒き、時限爆弾をそこかしこに仕掛ける。あとはタイミングを見計らって爆弾を作動させるだけだ。変圧器の冷却系統や各種安全装置の電源も止めておく。変圧器ってのは内部に油が入ってるんだ。温度が上がってきたところで良い感じに火が出るだろう。上手くすれば周辺のケーブルからも火の手が上がるかもしれない。爆弾の仕掛け方が不十分でも着火さえ出来れば作戦成功だ」
「本気なのか」
「ああ、俺たちは本気だ。作戦の日はまた追って伝えるが、時間は夜中にするつもりだ。その時間なら研究所にいるのは軍の者だけだろう。我々は研究所で働く者に恨みがあるわけではない。それに、人目の少ない時間の方が面倒も少ない。保登さん、君にはCOCOAを研究所の外に連れ出す役を頼みたい」
「分かりました」
 タカの頼みに、保登さんはまっすぐな目をそらすことなくはっきりとそう答えた。彼女にはとっくに研究所を裏切る覚悟が出来ていたのだろう。
「お前にも頼みがある」
 タカは、今度は俺に向かってそう言った。
「何だ?」
「COCOAの側にいてやってくれ。彼女の心の支えになってやれるのは君しかいない」
 断る理由など無かった。
「分かった。ココアの側にいてやろう」

 そして、作戦決行の日が訪れた。
 暗がりの中に赤が広がる。俺たちが今日まで守り続けてきた研究所は無残に燃え上がり、周囲を橙色に照らしていた。敷地のすぐ外側ではNPASS反対運動の連中と警察との小競り合いが行われている。時折銃声も聞こえてきた。建材がバチバチと弾ける音にけたたましいサイレン音が重なる。ココアは、俺の腕の中で小刻みに震えていた。
「大丈夫、大丈夫だよ」
 俺は彼女を少しでもなだめようとして頭を撫で、声を掛け続けた。お前は俺が守る、その一心だった。

 研究所火災があった後、仕事が無くなった俺たちは当面軍の基地で訓練に明け暮れることになった。だが、俺は研究所が燃やされるのを知っていて黙っていたのだ。軍を裏切った以上もうここにはいられないと思い、俺は軍に辞表を出した。NPASSの研究は当面凍結になったと聞いた。保登さんの話では、ちょうど研究が行き詰ってきているところだったらしい。これを機に方針転換を図り、研究も一からスタートになるだろうとのことだった。
「保登さんはその研究に参加するのか?」
「いえ、私はもう研究職から身を引こうと思います。故郷に戻ってパン屋にでもなろうかな、なんて考えています」
「パン屋?」
「はい、小さい頃からの夢だったんです。本当は定年退職してから、なんて考えてたんですけど、ちょっと早まっちゃいました♪」
「夢が叶うなら良いことだ」
「ココアちゃんは私が引き取ってお世話をしますね」
「いや、その役は俺が引き受ける。ココアのことは俺が守ってやるって決めたんだ」
「カッコいいですね天々座さん!あの子もその方が喜ぶと思います。……あの子にとっては、私は酷い検査を強要する怖い人でしかありませんから」

 こうして、俺はココアと一緒に暮らすことになった。まるで新婚生活のような毎日だった。ココアのAIは人間になるべく近いものを目指して作られている。だから普通の人間と同じように特定の人間を好きになることもある。俺たちは相思相愛だったんだ。それこそ普通の夫婦と同じように。けれどココアはあくまで試作機だ。だから、特定の人間に強い想い入れをすることは禁じられていた。強い感情がAIの暴走を引き起こさないようにという理由らしい。それが何を意味しているか分かるか?ある程度特定の人物に強く想い入れをするようになると自動的にAI保護プログラムが作動する、ということだ。保護プログラムの機能はリセット、つまり、記憶をすべて消し去ってしまうというものだ。そのプログラムが発動して、ある日ココアはすべての記憶を失ってしまった。

 俺はショックでしばらく何も手に付かなくなってしまった。もぬけの殻になった俺の代わりに保登さんがココアの世話を買って出てくれた。保登さんは、ココアが何にも悩まず自由気ままに生きられるようにと自分の娘として一から育てなおした。ロボットだということもココア本人には伝えず、純粋に人間として接した。おかげでココアはお前らも知っての通りのとても明るい女の子になった。記憶を失う前、研究所にいた頃とはまるっきり違う。もうココアはひとりの立派な人間だ、そう確信した保登さんはココアをこの町に下宿させることにした。下宿先として名乗り出てくれたのがタカ――香風タカヒロだ。

 ここまでがココアがラビットハウスに引き取られるまでの経緯についての話だ。話は遡り、ココアが俺の元を離れて数年が経った頃のことだ。俺の心の傷も癒えてきて、そろそろ人生をもう一度やり直そうと思った。俺はタカや保登さんの協力を得てNPASSに反対するために団体を設立した。今の家内と結婚したのはそのすぐ後のことだ。ちょうどNPASSが第二次計画、つまり今のNPASSに移行した直後くらいのタイミングだったと思う。万能細胞技術を研究する第二次計画は、人型ロボットを作ろうとしていた第一次計画の頃からだいぶ変わった。だが計画の内容は違っても子供の人口が減る分を補うという目的は変わらない。いや、万能細胞を使って人間を人工的に生み出そうというのだからある意味ロボットを作るよりもよっぽどおぞましかろう。

リゼ「それは違う!」

 それまでずっと話し続けていた天々座氏を、リゼさんが鋭い声で止めました。

リゼの父「話はまだ途中だが」

リゼ「分かってるよ、それを承知の上で今言わせて欲しい。万能細胞がおぞましいって言ったのだけは訂正して欲しいんだ。私の大切な仲間で、友達で……大好きな彼女は、シャロはとってもいい子だ、万能細胞から生まれたなんて関係ない……誰にもおぞましいなんて言わせない!」

リゼの父「何も万能細胞から生まれた子どもがおぞましいと言いたいわけではない。技術そのものが、それを利用して子供の数を随意にしようという考え方がおぞましいと言ってるんだ」

リゼ「万能細胞から生まれたとか、母のお腹の中から生まれたとか、そんなことはどうでもいい。私はNPASSみたいなプロジェクトがあったっていいと思ってる。シャロみたいなあんないい子を産み出したNPASSがおぞましいものだなんて言われたくない!」

 リゼさんは、瞳の奥にゆるぎない意志の剣を宿して彼女の父を睨みつけました。その瞳に圧倒されたか、天々座氏はしばらく口を半開きにして固まっていましたが、やがて観念したように首を振って言いました。

リゼの父「分かってるよ……NPASSは変わった。俺が軍で働いていた頃とはまるで違う。だが、例えどんなにNPASSが健全な計画に変わっていたとしたって、俺はNPASSに反対し続ける」

リゼ「なぜだ!?」

 問い詰めるリゼさんの目には軽蔑の色が灯っていました。ですが、リゼさんの父はそんな娘の視線にも動じることなく言い放ちました。

リゼの父「それが記憶を失くす前のココアと俺を繋ぐ唯一のものだからだ!」

 今まで張りつめていた空気が、今度は一気に困惑の色に染まりました。

リゼ「どういう意味だよ……?」

リゼの父「ココアが記憶を失くす直前に、俺はココアと約束した」

ココア『もう二度とあんな目には遭いたくない。それに、あんな目に遭うのはわたし1人でいい。けれど、NPASSが続く限りはわたしと同じ目に遭う子が再び現れる。そんなの嫌だよ。……ねえ、お願い、必ずNPASSを止めて』

リゼの父「それがAI保護プログラムに侵されたココアの最後の言葉だった。時が経つにつれココアとの思い出は過去になっていき、彼女を失った無念さも少しずつ薄れていく。あれだけ愛していたココアが遠い記憶の隅に追いやられていくんだよ。……だからこそ、最後に結んだココアとの誓いだけは何としても遂げなければならない。そうじゃなけりゃ俺の中のココアは本当に消えちまう!」

 詭弁という固い殻に覆われていた天々座氏の本当の想いが、初めてこの部屋の中で弾けました。

リゼ「親父……」

千夜「ごめんなさい。わたし、なにも知らずに否定してばっかりで……」

 ココアさんの過去、ロボット、記憶消去プログラム、天々座氏のひたむきな想い。すべてを知ることになって――。

 教会での告白、『チノちゃん、ごめん』の言葉、ココアさんの失踪、居場所を知っていながら教えてくれない天々座氏と父、すべてが繋がりました。

チノ「ココアさんはもう記憶を失いたくなかった、だからわたしの前から姿を消したんですね?そしてわたしの父やあなたを頼った」

リゼの父「そういうことだ。今のココアは俺との過去など微塵も覚えてはいまい。それでも、記憶を失う恐怖がメモリの片隅に残っていたのかも知れないな。ココアは俺達のところに来た。『これ以上チノちゃんと一緒にはいられない』と言って」

チノ「ココアさん……」

 視界がにじんでいきます。
 こんなにココアさんが好きなのに。
 ココアさんだってわたしのことを想ってくれているのに。

 それでもこの想いは報われない。

 どうして、どうして、どうして――。そればかりがぐるぐると頭の中を駆け巡ります。

マヤ「なにか方法はないのか?こんなのあんまりだ!」

リゼの父「そんな方法があったらとっくにやってるさ」

千夜「その記憶を消すプログラム、っていうのを消す方法はないの?」

リゼの父「もちろんやってみた。だが無理だった。あまりに強固な暗号で保護されていて解除できないんだ」

マヤ「そんな……」

 この想いが報われないのなら、わたしが望むことはもう1つしかありません。
 ――ココアさんに会いたい。

チノ「ココアさんの居場所を教えて下さい」

リゼの父「それは出来ない。ココアは君達に会うことを望んでいない」

チノ「わたしはもう一度ココアさんに会いたいんです」

リゼの父「そんなことをしたら俺の時の二の舞だ。またココアは記憶を失うことになる。君にとってもココアにとっても辛い結末にしかならない」

チノ「分かっています。それでも……」

 わたしは息を大きく吸い込みました。この想い、どうか届いて……!

チノ「例えココアさんがわたしのことを忘れてしまうのだとしても、わたしは何度でもココアさんとの出会いをやり直します。だからお願いします」

 直角に腰を折るとはまさに今のわたしのことを言うのでしょう。答えを待つ間、わたしは頭を深々と下げ、目を閉じてじっと祈り続けました。

リゼの父「そこまで言うなら……仕方がない」

 観念したような天々座氏の声が頭の上から降ってきました。その瞬間足の力が抜けて、わたしは床に尻餅をつきました。

リゼ「大丈夫か、チノ!?」

チノ「はい。ホッとして力が抜けてしまっただけです」

 これでやっとココアさんに会える。ずっとため込んできた寂しさが一気にはじけて、嬉しい気持ちとないまぜになって頭の中はぐちゃぐちゃでした。もしわたしに会ったらココアさんは記憶を失ってしまう、そんなことなんてわたしの頭の中からは完全に抜け落ちていました。

Part 17に続く

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