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歩くんですの箱 SS置き場

躍動感を表現するにはどうすればいいんだろう……と日々考え中。

【ごちうさSS】記憶よ、もう一度 - Part 15

Part 15

 【15】

 週明け、学校に着くと奇妙な噂話が学校内を駆け巡っていました。

「最近流行りの万能細胞?あれって怖いんだねー」

「ノーベル賞取ったやつでしょ?怖いってどういうこと?」

「なんか、万能細胞から生まれた子どもって将来犯罪者になる可能性が高いらしいよー」

「ホントにー?」

 そんな会話があちこちから聞こえてきます。どうして急にそんな噂が?何がどうなっているのでしょう。

メグ「先週末の月刊誌でそういう話題が取り上げられたみたい」

チノ「週刊誌?だったら根も葉もない話じゃないですか!」

メグ「そうなんだけどね……ほら、前にチノちゃんが言ってた研究不正の話だよ」

 そういって、メグさんはわたしに週刊誌の切り抜きを見せてくれました。

「NPASSは犯罪者予備軍を生み出していた!」

 来年春から再開される予定の国家生産能力補完戦略(NPASS)、知っての通り、万能細胞から子どもを生み出すことで少子化対策を解消しようという国家プロジェクトだ。いま、既に20年近くにわたって行われてきたこのプロジェクトにある恐るべき疑惑が持ち上がった。それは、このプロジェクトで生み出されたこどもは将来犯罪者になる確率が高いのではないかということだ。

 先日、NPASSに関する研究を主導している研究施設で、遺伝子操作技術に関する研究不正が明らかになった。遺伝子操作技術とは、万能細胞を成長させる際に遺伝子を操作することで、生まれてくる子どもの能力や性格、思考傾向などを制御する、いわゆる「国家に都合のいい子ども」を生み出すための技術だ。この遺伝子操作技術によって、NPASSはこれまで多数の「お国に媚びた子どもたち」を生み出してきた。少子化対策など詭弁であって、国家がNPASSを推進する真の目的は「国家に都合のいい子ども」を生み出すことであるのだから当然だ。

 ところが、この遺伝子操作技術に関する研究所の研究成果が嘘八百であることが暴かれた。これには役人達も動転だろう。何せ「お国のために」してきたつもりの遺伝子操作が実は技術的に確立していないものだったのだから。しかも、この技術は人間の思考や性格を牛耳る能力である。それに欠陥があったというのが何を意味しているのか、導かれる結論は明白だ。すなわち、万能細胞から生まれてくる子どもたちの脳が遺伝子操作技術によって歪められているということである。もっとはっきりとした言葉で言い換えれば、社会不適合者や犯罪者予備軍を大量に生み出しているということなのだ。これはただの風の噂でもなんでもない。編集部が政府関係者より極秘裏に手に入れた門外不出の資料には、万能細胞で生まれた子どもの方が他の青少年より犯罪率が高いという調査報告がはっきりと掲載されている。

 万能細胞から生まれた子どもたちやその家族は迫害に会うことが多く、それが社会問題とされたこともあった。しかしそういった迫害運動は、万能細胞から生まれた子どもの傍にいることで本能的に身の危険を感じた「マトモな」人間たちによる自己防衛反応だったのではないだろうか。読者の皆様におかれては、周りに万能細胞生まれの人たちがいないか注意しよう。彼らは、もしかしたら明日にでもあなたに刃を向けるかも知れない。


チノ「ひどい……なんでこんな……」

メグ「週刊誌らしい扇動記事だよね。NPASS研究所が遺伝子操作技術をずっと研究してて、しかも不正があったのは確か。だけど、あれは開発途上の技術だからまだ使われてはいないのに……」

チノ「とにかくシャロさんが心配です」

メグ「知られなきゃ直接差別されることはないと思うんだけどね。シャロさんが万能細胞生まれだってことはこの町ではまだそんなに知られてないはずだから」

チノ「それならひとまずは良かったです……」

 とはいえ、こんなうわさ話が交わされているのを聞いたらシャロさんもいい気持ちはしないでしょう。こんな話題で盛り上がっているのがこの学校だけだったら良いのですが……。そんなことを考えているうち、担任の先生が入って来ました。

先生「ほら、ホームルーム始めるぞー。みんな席に着けー!」

 先生の一声で、クラスメイト達の不愉快な会話はいったん静まりました。ほっと一息つくのもほんのわずかの間、担任の先生は「ごほん」と一つ咳払いをしました。先生が咳払いをするときは、決まって何か重要な話をするときでした。どんな説教が来るかと、クラスは緊張した空気に包まれました。

先生「皆さん気になっているとは思うが、NPASSのプロジェクトで万能細胞から生まれた子ども達が危ないということが言われている。今朝、先生たちの間でも話題になってね。もしかしたら君たちも危害を加えられるかも知れない」

 クラスがざわつきました。先生に指摘され、自分が危険な目に遭うかもしれないという危機感に動揺したのでしょう。わたしは唇を噛みました。

先生「僕らは君たち生徒を守る義務がある。そこで、警察の人たちに巡回を強化してもらうように頼んでおいた。そしたら、万能細胞生まれの人達を中心に監視を付けてくれると約束してくれた。君たちも警戒は怠らないように。何かあったらすぐに警察に相談しなさい」

 衝撃でした。NPASSと同じ国家機関であるはずの警察がそんなことを言い出すなんて……。あまりに信じられなくて、わたしは思わず立ち上がりました。

ココア「それは本当なんですか!?」

 わたしがいきなり立ち上がったことに驚いて先生は一瞬目を見開きましたが、すぐに私を諭すように言いました。

先生「ああ、だからあまり不安がらなくてもいい。油断は駄目だけど、守ってくれる大人たちは沢山いるから安心してくれて良いんだ」

 わたしはこぶしを強く握りしめました。

チノ「そうじゃないんです!そういうことじゃなくて……」

 言いたいことは山ほどあるのに。でも、そんな言葉たちは喉の奥に小骨のように引っかかって声にはなりませんでした。わたしは力なく椅子に崩れ落ちました。

 下校時刻、校門前にお巡りさんが1人立っていました。今朝先生が言っていた、警察が動き出したという話は本当のようでした。学校前の道をぬけて商店街に入っても、あちこちにお巡りさんの姿がありました。それは平和なこの町にはあまりにもふさわしくない、息の詰まるような光景でした。

 * * *

リゼ「校門出ようとしたらいきなり職質されたよ。皆見てるのに何考えてんだ警察は」

 放課後、わたしが甘兎庵でお手伝いをしていると、お店を訪れたリゼさんがそんな愚痴をこぼしました。わたしはすぐにピンときました。

チノ「……もしかしてシャロさんですか?」

リゼ「そう。ああやってNPASS生まれの人に集中的に職質やってんだろうな」

 予想通りでした。学校から出るとき、リゼさんと一緒にいたシャロさんが校門前にいたお巡りさんに声を掛けられたのです。

チノ「学校の前でそんなことするなんて……」

リゼ「そうなんだよ。そんなことしたらシャロがどんな風に見られるか……」

千夜「学校の人たちにNPASS生まれだと知られたらって思うと心配ね……」

 嫌な予感がしました。NPASS生まれの子どもが犯罪者予備軍だという根も葉もない噂が広がり、警察まで動いている今、NPASS生まれであることを知られた子ども達がどんな扱いを受けるかは想像に難くありません。

リゼ「明日からはなるべくシャロの傍から離れないようにするよ」

チノ「やっぱりリゼさんは頼もしいですね。リゼさんがシャロさんの恋人で良かったです」

リゼ「あはは……なんか照れるな」

 次の日から、学校の行き帰りや休み時間にはリゼさんがシャロさんの傍にぴったりくっついて行動するようにしてくれました。そのおかげで、リゼさんがいる時にはシャロさんに対して心無い言葉を掛けたり、嫌がらせをしてくる人たちはいなかったようでした。

 それでも、シャロさんは日に日に元気を失くしていきました。

 NPASSが犯罪者予備軍を生み出していたという噂と警察の動きについてはニュースでも連日報道されるようになりました。NPASS研究所は、噂を否定する言明を発表しました。けれど、その主張が新聞やテレビで取り上げられることはほとんどありませんでした。

リゼ「シャロは何も言わないけど、わたしが見てないところで嫌な目に遭ってるんだろうな」

 リゼさんは言いました。

千夜「どうしてもリゼちゃんが一緒にいてあげられない時間はあるものね」

チノ「確かに、授業の間なんてどうしようもありませんよね」

リゼ「そうなんだよ。といっても、みんな勉強に集中しているはずだからシャロにちょっかいを出すのは難しいと思うんだけどな……」

 授業中にも何かされているのだとしたら、一体どんな手口の嫌がらせなのか想像もつきません。けれど、何とかしないといけない状況なのは明らかでした。

 こんなにもひどい結果をもたらしたNPASS反対運動をこれ以上許しておくことは出来ませんでした。週末、わたしたちはリゼさんの父を訪れることにしました。

 * * *

先生「プリントを配るわね」

 そう言って、先生は一番前の列の人にプリントの束を配っていった。前の人から後ろの人へとプリントが一枚ずつ渡っていく。わたしのところにもプリントが届いた。わたしがそれを受け取ろうとすると、ひょいとわたしの後ろから手が伸びて来た。

シャロ「え?」

 伸びてきた手は、わたしの目の前に差し出されたプリントの束をひょいと掻っ攫っていく。目の前で起きた信じられないような出来事に頭がついていかない。わたしはただ後ろを振り向いた。プリントはわたしより後ろの列に座っている人達にも順繰りと回っていった。

 どういうこと?

 意味が分からない。混乱しながらも、わたしは手を挙げて先生に言った。

シャロ「すみません、プリントが足りません」

 わたしの申し出に先生は答えた。

先生「あら、コピーの枚数を間違えたかしら。後で渡すから職員室まで来なさい」

 授業が終わった後、わたしは先生に言われた通り職員室の先生のデスクに向かった。けれど、先生の対応はさっき教室で起きた出来事と同じくらいに信じられないものだった。

シャロ「先ほどの授業のプリント、印刷していただけませんか?」

先生「あら、もう失くしたの?自己管理がなってないわね」

シャロ「そうじゃなくて、枚数が足りなくてもらえなかったんです」

先生「そんなはずありません。こんな短時間で失くすなんて信じられないわ。あなたのようなプリント一つ管理できない人のために余分に費やす紙とインクなんてありません」

 そういうことか。わたしは理解した。最近、NPASSには不備があって、万能細胞から生まれてきた子ども達は将来犯罪者になる可能性が高いのだという噂が話題になっていた。そのせいで警察から職務質問を受けたのも一度や二度ではない。学校の前でもやられたから、クラスメイト達にも見られているだろう。かつて、わたしは家族もろとも以前住んでいた町を追われた。あの時と同じだ。わたしがNPASS生まれだからこんな目に遭うんだ。

 ようやく自分の生まれを受け容れられるようになったと思ったのに、このままだとまたわたしは自分の生まれを呪いたくなってしまう。

 昼休みになった。このところ、休み時間になると必ずリゼ先輩が教室の前まで来てくれる。今までも休み時間をリゼ先輩と過ごすことは多かったけれど、わたしからリゼ先輩を迎えに行ったり、最初から中庭で落ち合ったりすることも多かった。

 リゼ先輩に心配を掛けてしまっている。申し訳ないと思ったけれど、でもわたしはリゼ先輩の心遣いに救われていた。先輩が唯一、この学校でのわたしの居場所だった。先輩がいるから、わたしは自分の生まれを呪い続けていたかつての自分に戻らなくて済んでいる。

 授業プリントが回って来ないのは日常茶飯事。他にも授業で難しい問題ばかり当てられたり、解答を間違えると怒られたり、前の人が落とした消しゴムを拾ってあげると「桐間さんに消しゴムを盗まれそうになりました」と報告されたり、とにかくいろいろなことが起こるようになった。授業の時以外は大体リゼ先輩が横にいてくれたから派手な嫌がらせは無かったけれど、それでも授業のたびにこんな目に遭ってはさすがに疲れてきた。

 日曜日の午前中、わたしはベッドの中でごろごろと時間を浪費していた。学校がない日でもわたしは基本的に朝から起きている。でも今日はどうも何もする気が起こらなかった。

 11時くらいになって、さすがに起きようと思ってベッドから這い出した。無性にきれいな景色を見たくなって、わたしは町へと繰り出した。休日でも相変わらずあちこちに警官が立っていた。すれ違う人たちがみんなわたしを見て後ろ指を指している、ふとそんな錯覚に襲われた。古くから守られてきた美しい街並みも、ごみ1つ落ちていない整えられた石畳も、伸びすぎないように切り揃えられた街路樹も、何もかもがよそよそしくわたしを追い出そうとしているように思われた。

 道端に1枚のチラシが落ちていた。

   立ち上がれ!みんなの力で犯罪者の泉“NPASS”を止めよう!

 犯罪者の泉、か。ひどい言われようだ。なるべく目を伏せて地面だけを見つめていても結局は嫌なものを見つけてしまう。わたしはあらゆるものから逃れたくて、通りの中心を流れる川をのぞき込んだ。澄み渡った水の流れは、まるでこの世界の歪んだ日常とは切り離されているかのように美しく、わたしの中のどす黒いものを洗い流してくれるようだった。

 このすがすがしい気持ちをリゼ先輩と共有したい。わたしはふと思いついて、近くにある電話ボックスからリゼ先輩の携帯に電話を掛けた。しばらくコール音が続いた後、電話口から無機質な声が聞こえてきた。

「ただいま電話に出ることが出来ません」

 その声を聞いた途端、急に何もかもがバカバカしくなった。わたしは受話器を置いて、吐き出されたテレフォンカードも受け取らずに電話ボックスを出た。

 再び川面をのぞき込んだ。川底が透き通って見えた。ここならわたしのすべてを受け入れてくれる。わたしは、吸い寄せられるように欄干へと身を乗り出した。

??「そんなに身を乗り出したら危ないですよ?こんなにきれいな川ですから、もっと近くで見たいという気持ちは分かりますけれど」

 背後から声が聞こえた。わたしには関係のないものだ。だって、世界はわたしを受け入れない。わたしの外にあるものは全部わたしの敵なのだ。このまま欄干を乗り越えてしまおう。わたしはぐいっと体を前にせり出した。

Part 16に続く

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