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歩くんですの箱 SS置き場

躍動感を表現するにはどうすればいいんだろう……と日々考え中。

【ごちうさSS】記憶よ、もう一度 - Part 12

Part 12

 【12】

 その後のことはよく覚えていません。いつの間にかわたしは家に戻っていました。教会での出来事は夢だったんじゃないか、そんな風に思いました。でも、ココアさんがいないという事実が否応なくわたしに現実を突きつけました。

 捜索願は、その日のうちに父が出してくれました。

 ココアさんが最後に発した言葉が頭から離れませんでした。

ココア「――チノちゃん、ごめん」

 ココアさんはいったい何を謝っていたのでしょう。わたしの告白を受け入れなかったことでしょうか。それともわたしの前から姿を消してしまったことでしょうか。いずれにしてもココアさんは、謝罪の言葉だけを残して自分の意志で姿を消したのです。

 ココアさんに会いたい。恋人じゃなくたっていい。前みたいに一緒にお仕事をして、いろんなお話をして、同じ屋根の下で楽しく暮らせればそれでいい。けれど、会いたいという思いと同じくらいにわたしはココアさんに会うのが怖いと思っていました。

 ココアさんはどうしていなくなってしまったのでしょうか。前から決めていたから?実家に戻りたくなったから?いえ、ココアさんが実家に帰っていないのは電話で確認しました。それとも、帰る途中でなにかあったのでしょうか?それも違うような気がします。実家に帰る前に両親に何の連絡も入れないということがあるでしょうか。ココアさんのことですからサプライズのつもりだったのかも知れませんが……。もしそうだったとしても、わたしたちに一言もなく出て行くとは思えません。

 「――チノちゃん、ごめん」の言葉。姿を消したタイミング。あのデートの日、ココアさんにこのような決断をさせる何かがあったのです。だとしたら原因はわたしです。

 わたしがココアさんに想いを伝えたからココアさんは行方をくらませてしまった。その事実が深く胸に突き刺さりました。ココアさんには好かれていると思っていただけにショックはなおさらでした。

 どこかにいなくなってしまいたくなるほど恋人としての「好き」という感情はココアさんにとって受け入れにくいものだったのでしょうか。普通の「好き」と恋人としての「好き」はそんなに違うものでしょうか。

 そこまで考えて、わたしは気づきました。それは世間から見れば何の変哲もないありふれた常識に過ぎないことでした。ですから、気づかなかったわたしは正直感覚が鈍っていたのでしょう。学校でもそれ以外のところでも、わたしには男子と関わる機会なんて無くて、わたしの世界は女性との関わりだけで完結していました。そんな世界の中でリゼさんとシャロさんが付き合い始めて、わたしたちはそれを応援しました。それはわたしにとっては当たり前のことでした。でも、それを外の世界から見たらどう見えるでしょう。女の子同士で恋をするというのは普通ではありません。もしココアさんが恋愛に関して世間の女性と同じ観念を持っているのだとしたら、同性であるわたしから好きだと言われた時どう思うでしょうか。気味が悪い、拒絶したいと思ったとしてもおかしくはありません。

 こんな想い、誰にも打ち明けることなんて出来ませんでした。わたしは、教会での出来事をじっと心の内に秘めておくことにしました。

 * * *

 ココアさんがいつ帰って来てもいいように部屋の掃除をするのがわたしの日課になりました。毎日、みんなが代わる代わる家に来て掃除を手伝ってくれました。ココアさんのためと言ってくれましたが、それだけじゃなくわたしに気を遣ってくれているのがひしひしと伝わってきました。

メグ「あれ、この本……」

 ある日、掃除をしていた時にメグさんが机の上に置いてある本を興味深そうに見つめていました。

チノ「ココアさんが図書室から借りてきた本です。そういえば返さないといけないんでした」

 机の上に置かれた本は四冊で、どれもリゼさんとシャロさんの一件でNPASSについて調べていた時にココアさんが借りたものでした。その頃に借りたということはもう二か月近くになるはずです。

チノ「貸出期限くらい守りましょうよ、ココアさん」

 わたしはついついそう呟いてしまいました。メグさんは本を1冊ずつ開いてパラパラめくっていましたが

メグ「借りて行ってもいいかな?図書館にはわたしの方から返しておくから」

と申し出ました。本来ならすぐ図書室に返すべきでしょうが、ここまで延滞してはそれも今更でしょう。

チノ「良いですが、学校の図書室から借りたものだと思うので返すのは千夜さん辺りに頼んだ方が良いかと」

メグ「分かった。ありがとう」

 メグさんは、持って来ていたカバンに4冊の本を入れようとしました。ですが、持ってきたカバンは本を入れるには小さすぎたようで、メグさんは本を一冊ずつ入れては出してを何回か繰り返していました。作業をしながら、メグさんは思いだしたように呟きました。

メグ「ココアさんはなんでいなくなっちゃったんだろう?」

 その質問はわたしには辛いものでした。

チノ「分かりません。ココアさんが決めたことですから……」

 自分が原因かもしれない、なんて言い出せませんでした。といっても、察しのいいメグさんのことですからもうとっくに気づいているのかも知れませんが。

メグ「……本当にそうなのかな」

 メグさんは煮え切らない様子で首をかしげました。やっぱり、ココアさんがいなくなった理由がわたしに関係することだと当たりをつけているのかも知れません。これ以上踏み込むのは怖い、そう思いながらも、わたしはついメグさんに

チノ「どういう意味ですか?」

と聞き返してしまいました。ですから、その後のメグさんの返答は意外なものでした。

メグ「わたしにもよく分からない。でも……ココアさんはわたしたちの知らない何かを知ってたような気がするんだ」

チノ「知らない何か?」

メグ「NPASSについてだよ。もしかしたら、ここにある本を読めば分かるかも知れない」

 何度目でしょう。やっぱりわたしにはメグさんの考えていることが分かりませんでした。でも、きっとメグさんのやっていることは正しいのでしょう。その正しさが証明される日が来るまではじっと待っているしかありません。わたしには好きな人の居場所も友人の考えていることも分からない。このままどんどん分からないことばかりが増えていくのかと漠然とした不安が押し寄せてきました。

 * * *

 夏が来て、セミたちの鳴き声が騒がしくなりました。そんな鳴き声も気づけばまばらになって、始まったばかりだと思っていた夏休みもいつの間にか終わっていました。道端に黄色い落ち葉が積もり、肌寒い風が吹き始めました。

 季節が半周してもココアさんが現れることはありませんでした。時計の針は、ココアさんがいなくなったあの日を指したまま止まっていました。その針が再び動き出すのがいつになるのかは分かりません。ですが、その日はいつかは必ず訪れるのです。そして、その日からココアさんは過去になっていく。そうなる前に何としてもココアさんを見つけ出さなければなりません。心当たりのある場所を探しに行く、それはこの半年間毎日やってきたことでした。今日もまた、わたしはココアさんを探しに街に繰り出しました。

 市民会館の前まで来たとき、いつもより辺りが騒がしいことに気づきました。見ると、会館前の広場に大勢の人が集まって入り口付近をふさいで何かを訴えていました。その人たちはどこかで見覚えのあるのぼりやらスローガンを掲げていました。そのスローガンには「NPASS反対!」や「許すまじ!政府の凶悪な陰謀!」といった文字が並んでいました。そういえば今日は朝から父が出払っていました。きっとこの活動に参加するためだったのでしょう。わたしが父がNPASSの反対活動に参加していることを知ってからも、父は活動のことをほとんど私には教えてくれませんでしたし、わたしからもあまり聞くことはありませんでした。ともかく、今はNPASSのことよりもココアさんを見つけることが優先です。わたしは雑踏の間をすり抜けるようにしてその場を離れました。

 夕方、父は珍しくかなり不機嫌そうな様子で家に帰ってきました。それでも父はわたしがいる前では何も言いませんでしたが、バーの営業時間が終わる頃によれよれになったティッピーがわたしの部屋に転がり込んできました。

ティッピー「もう散々じゃった。バカ息子の愚痴を1時間以上聞かされとったわ」

チノ「それは何というか……ご愁傷さまです。父は何をそんなに怒っていたんでしょう?」

ティッピー「うむ、あやつとしてはあんまりお前には聞かせたくない話じゃろうな……じゃが、お前にも決して無関係な話ではない。どうする?」

 今日の父の様子からして、明らかに市民会館の前でやっていたNPASS反対運動に関わることでしょう。シャロさんがNPASSから生まれたということを考えれば、確かにわたしとも無関係な話ではありません。

チノ「聞かせてください」

ティッピー「よろしい。じゃが、わしが話したことは秘密じゃぞ」

チノ「分かりました」

ティッピー「2週間ほど前、国内の学者が万能細胞技術の功績でノーベル賞を受賞したことは知っているな」

チノ「はい」

 万能細胞技術の実用化にあたり極めて重要な貢献を果たす研究成果を遺した、という功績で国内のとある大学の名誉教授がノーベル医学・生理学賞を受賞したのは記憶に新しいことでした。テレビはしばらくそのニュースで持ち切り、学校の先生もよく話題にするほどの大盛り上がりだったので、おそらくこのことを知らない人はほとんどいないでしょう。

ティッピー「それ自体は素晴らしいことじゃ。だが、それをきっかけに、いや……ほとんど口実にして政府は万能細胞技術活用の推進を進める政策を打ち出した。そこでまず挙がったのがNPASSの再開という訳じゃ」

チノ「それで父は怒っていたんですか」

ティッピー「そもそもNPASSの中止というのは今年度1年間限定の話で、先の臨時国会で新たに法案を可決しなければ来年度からは再開することになっとった。じゃが、その国会の会期は先週末に終わったんじゃよ。NPASS中止継続の法案はノーベル賞の煽りもあって審議にも上らなかったようじゃな」

チノ「そんなことが……」

ティッピー「怒ったNPASSの反対派達は、まああのバカ息子もじゃが、例の市民会館で緊急の集会を開くことにした。ところが、市民会館側は会場を貸してくれなかったというんじゃ。なんでも、市民会館ではちょうどノーベル賞受賞記念の特別展をやっているらしくてな。その邪魔になるからと断られたらしい。そこで、あやつらは抗議のために市民会館前の広場を占拠ししてデモをやったわけじゃ。お前も市民会館の前に行ったなら見たじゃろう?」

チノ「はい。……でも、そんなことが許されるんですか?」

ティッピー「ダメに決まっとる。市民会館側は曲がりなりにも理由があって活動を許可しなかったわけじゃからなぁ。結局、あやつらは警察を呼ばれて追い出されたらしい。もう息子はカンカンじゃった」

チノ「その愚痴を聞かされていたと……」

ティッピー「そういうわけじゃ」

チノ「……よく分かりません。どうして父はそこまでして反対しようとするのでしょうか」

ティッピー「それは本人に聞いてみるんじゃな」

チノ「聞いても教えてくれるかどうか……」

 翌朝のテレビニュースで政府が来年度からNPASSを再開することが大きく取り上げられていました。少子化対策はもちろんのこと、結婚して子育てをするという価値観に捉われない生き方が広く認められる、同性婚といった柔軟な結婚制度の検討にもつながる、医療技術の発展にも貢献するなどとキャスターは大絶賛でした。NPASSに賛成する学生や主婦の街頭インタビューが流れました。万能細胞から生まれたというだけで差別をされていた時代が、今やその価値が認められる時代に変わったのです。

 わたしはシャロさんのことを思い浮かべ、本当に良かったと温かい気持ちになりました。けれど、父はそのニュースを見て低く唸りました。

タカヒロ「みんな騙されている……」

 わたしは、ついに父にずっと気になっていたことを聞いてみることにしました。

チノ「どうしてそんなに反対するのですか?」

 父は黙ったままですぐには答えてくれませんでした。その表情には何の感情も浮かんでいません。わたしが不安になり始めていると、ようやく父は口を開きました。

タカヒロ「チノ、お前はお前なりの理由でNPASSに賛成している。それと同じように俺には俺なりの理由がある。だがそれをお前に押し付けるつもりは無い。だからお前に口を出したことはなかったし、これからもそうはしないつもりだ。この件についてはお互い踏み込まない。分かったな?」

 父はあくまではぐらかすつもりのようでした。わたしは食い下がりました。

チノ「ですが……許可の下りていない場所で抗議活動をするのはいくらなんでもやりすぎです。娘として理由くらい聞いたっていいはずです」

タカヒロ「いや、娘だからこそ言えない。俺はお前に対し親権を行使する者だ。その意味が分かるかね」

チノ「親子なら当然のことです」

タカヒロ「そうだ。実に単純で、だからこそその意味をよく考える必要がある。いいかいチノ、親とは権威だ。親権とは、聞こえの悪い言い方を子どもに権威を振るって従わせる権利だ」

チノ「権威……?」

タカヒロ「そう、権威だ。子にとって親の影響力というのは計り知れない。だからこそ、親権を行使する者にはそれだけの責任がある。その及ぶ範囲を正しく自覚できずに行使すればただの濫用だ。思想、良心の自由というのは聞いたことがあるだろう?親権の中に自分の子どもの政治的思想や哲学、宗教的思想を捻じ曲げる権利などもちろん含まれてはいない」

 そう言われてしまうと返す言葉もありませんでした。そんなわたしの歯がゆい気持ちを汲んでか、父は一つだけ聞かせてくれました。

タカヒロ「俺が若い頃は学生運動が盛んだった。かくいう俺もそういう運動に参加する学生の一人でね、その頃からNPASSの反対運動をやっていた。当時のNPASSは今とは違うものだったが、それだってお前は知らんだろう?」

チノ「どう違ったのですか?」

タカヒロ「万能細胞技術ではなく人工知能を持つ人型ロボットを作る計画だった。利用する技術が違うだけのことだ。それ以外は今と大した違いはない」

チノ「ロボット……そんな話は初めて聞きました」

タカヒロ「そうだろう。当時ですら知っている人はそう多くはなかった。俺みたいに血の気の多い学生の間では有名な話だったがね」

 人間の代わりに人型ロボットを作る――それは、そこはかとなく恐ろしいことのように思えました。このことをメグさんは知っているのでしょうか。

タカヒロ「ともかく俺は昔からNPASSに反対だったし、それは今でも同じだ。だが誤解しないでほしい。俺は万能細胞から生まれた子ども達を差別したいわけではないし、そんな人たちがいたことを悲しいとも思っている。だが、それとNPASSに賛成できるかどうかとは話が別だ」

 父がNPASSに反対する理由が少し分かった気がしました。

 * * *

 学校に着いたわたしは、早速メグさんに今朝聞いたことを話しました。するとメグさんは感心したように言いました。

メグ「へぇ、チノちゃんのお父さんはそんなことまで知ってたんだ……。わたしも、NPASSがもともとロボットを製造する計画だったっていうのは本で読んだことがあるよ。ココアさんの部屋に残されてた本のどれかに書いてあった」

 それらの本は、ココアさんがいなくなって間もない頃に掃除を手伝いに来てくれたメグさんが気になるといって借りて行ったものでした。

チノ「ココアさんが借りた本に?だとしたらココアさんはこのことを知っていたのでしょうか」

メグ「どうかな……全部読んだのかどうかも分からないしね。でも、ココアさんがNPASSのことでわたしたちの知らない何かを知っていたのは間違いないと思う」

 メグさんの言葉はずいぶんと奇妙に聞こえました。それに、やけに確信めいた言い方をするのが気になりました。

チノ「前も言っていましたよね。どういうことなんですか?」

メグ「ココアさんはNPASSには賛成していなかった。態度で分かっちゃったんだ。シャロさんのために言わなかっただけで本当はNPASS自体には賛成してないんだってこと」

 驚くべきことに、わたしの質問に対するメグさんの答えはあまりに的外れなものでした。

チノ「そんなはずはありません!だって、ココアさんはNPASSの良いところを本でいろいろ調べていたんです。それに、わたしはココアさんとNPASSの良いところについて沢山話し会ったりもしました」

メグ「それは多分シャロさんの問題がまだ解決してなかった時の話だよね。その後問題が解決してシャロさんはリゼさんと付き合い始めた。その前後でココアさんがNPASSについて不審に感じるような何かがあったんだと思う」

 にわかには信じがたいことでした。でも、メグさんには何か確信があるようでした。

チノ「……それは間違いないことなんですか?」

メグ「絶対、とは言えないけど、でもわたしの中では間違いないって思ってる。調べていた本のどれかを読んだ影響なのか、じゃなかったらチノちゃんのお父さんが誰かとNPASSのことで何か良くない話をしているのをたまたま聞いちゃったとかかな」

 確かにあり得ないことでは無さそうですが……。でもやっぱり、わたしにはメグさんの言っていることはあまり理解できませんでした。

 * * *

 放課後、わたしはメグさん、マヤさんと一緒に甘兎庵に向かいました。メグさんが、ココアさんが読んでいた本をもう一度読み直したいと言い出したからでした。あれらの本はココアさんが通っていた高校の図書館の本なので、また借りるとなれば千夜さんに頼むしかありません。

千夜「あの時返した本をまた借りてくればいいのね。分かったわ」

 千夜さんはメグさんのお願いを快く受け入れてくれました。

 帰り際、マヤさんが当然の疑問を口にしました。

マヤ「なんでまた本を借りようと思ったの?」

メグ「ちょっとね。ココアさんのことで何か分かるんじゃないかなって思って」

マヤ「ココアかー、どこに行っちゃったんだろうなぁ」

チノ「はい……」

マヤ「警察の人が探してくれてるんだよね?」

チノ「捜索願は出しましたから」

マヤ「手がかりだけでも見つかったのかな……そうだ、今度警察署に行って聞いてみようよ」

チノ「捜査の状況をですか?ですが……」

 わたしは言葉に詰まりました。もちろん捜査の進行状況は気になります。ですが、もう半年間も見つかっていないという事実がわたしの判断をためらわせました。

メグ「聞くのは怖い?」

 メグさんは、そんなわたしの気持ちを読み取ってくれたようでした。

チノ「はい……」

マヤ「そっか、もし良くないことを聞かされたら辛いもんな。もし怖いなら無理にとは言わないけど」

 そう言って、マヤさんは様子を窺うようにわたしの顔をのぞき込みました。こんな風にわたしを気遣ってくれる友だちがいるのはとても心強いことでした。聞くのは怖い。でも、ここで逃げ出したって問題を先延ばしにするだけです。わたしは勇気を出してマヤさんについていくことにしました。

チノ「マヤさんが行くというならわたしも行きます」

メグ「それじゃあわたしも一緒に行くよ~」

 そうして、わたしたちは今度の土曜日に警察署に行ってみることにしました。

Part 13に続く

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