忍者ブログ

歩くんですの箱 SS置き場

躍動感を表現するにはどうすればいいんだろう……と日々考え中。

【ごちうさSS】記憶よ、もう一度 - Part 11

Part 01

 【11】

 新学期が始まって最初の日曜日。昨日までの雨が嘘のように晴れ渡った青空の下、わたしとココアさんは駅へと向かう道を並んで歩いていました。

ココア「チノちゃんから2人で出かけようって誘ってくるのはめずらしいね」

 ああ、やっぱり不自然だと思われてしまっていたようです……。わたしは不安になってココアさんに尋ねました。

チノ「ダメだったでしょうか……」

ココア「ううん、嬉しいよ。姉妹水入らずってのもいいよね!」

チノ「ココアさんの妹になった覚えはないですが……」

 でもほっとしました。ココアさんが喜んでくれるなら妹でも良いかな、とすら思ってしまいます。

ココア「どこまで行くの?」

チノ「着いてからのお楽しみです」

 ココアさんとのデート。こんな日を迎えられたのはリゼさんと千夜さんのアドバイス、そしてきっかけをくれた青山さんのおかげです。わたしは、心の中で3人に手を合わせました。

 * * *

ココア「わぁ~!」

 窓際の席に座ったココアさんが、列車の窓から見える景色に嬉しそうに声を上げました。最初は建物が多かった外の景色はだんだんと田園風景に変わっていき、その田んぼもだんだんと減ってきて景色は山がちなものへと変わっていきます。列車がトンネルに入るたび、ココアさんは「このトンネルながーい!」「真っ暗だよ。チノちゃん怖くない!?」「このトンネル抜けたら雪国かな?」とはしゃいでいました。

 最後のトンネルを抜けた時、車窓に美しい渓流が広がりました。ココアさんが夢中になって窓に顔を近づけます。

ココア「チノちゃんチノちゃん!すごいきれいだよ!」

 ココアさんは窓の外をのぞき込んだまま、興奮冷めやらぬ声で言いました。

チノ「良かった……実は、ここが今日の目的地なんです」

ココア「ホント!?こんなところ知ってるなんてさすがチノちゃんだね!」

チノ「川下りでそこそこ有名な場所みたいです」

ココア「川下り?楽しそうー!」

 まもなく列車は速度を下げ、駅に停車しました。

 ホームに降り立った瞬間、ひんやりと澄んだ空気が体中を包み込みました。まさに空気がおいしい、という言葉がぴったりです。線路を一本わたって向こう側にある駅舎は昔ながらの木造で、中に入るとほんのりと木のにおいがしました。駅員さんにきっぷを渡して駅を出ると、一本の道路を挟んですぐ向かい側に「名物 川下り」というのぼりが見えました。休日にもかかわらず人はまばらですが、道路沿いにはお土産屋さんや食事処、それに民宿が何軒か軒を連ねていて、この地が確かに観光地であることを物語っていました。

ココア「チノちゃんチノちゃん、向こうでおまんじゅう売ってるよ!食べようよ!」

 確かに、蒸し器の中から小豆の甘い香りが漂っています。つい買いたくなる気持ちは分かるのですが……。

チノ「すぐお昼ご飯なので我慢しませんか?川下に美味しいお店があるらしいですよ」

ココア「そっかぁ」

 ココアさんは意外にもあっさりと諦めたようでした。でも、あからさまにしゅんとしています。せっかくのデートなのにココアさんをこんな表情にさせてしまったことに早くも後悔の念が押し寄せてきました。

チノ「1個だけ、2人で1個だけなら……」

 その一言で、ココアさんは目を輝かせました。

ココア「いいの!?」

チノ「せっかく来たんですし」

 わたしがそう答えると、ココアさんはわたしの腕を掴んで屋台の方へ走り出しました。

チノ「ま、待ってください」

 ココアさんに引きずられるようにして走りながらも、わたしはココアさんの手のぬくもりを感じていました。急に走ったからでしょうか。なんだか心臓がドキドキしてきます。

ココア「おまんじゅう一個!」

「あいよ、300円ねー!熱いから気を付けてよー」

 ココアさんが意気揚々と注文すると、屋台のおじさんも威勢よく答えました。紙に包んだおまんじゅうを受け取ったココアさんは、さっそくかぶりつきました。

ココア「やっぱりおいしい!チノちゃんも、はい」

 ココアさんは、わたしの目の前におまんじゅうを差し出しました。当然ですが、おまんじゅうココアさんの歯形の形に切り取られ、中身のあんこが覗いていました。ここにわたしがかぶりついたらもしかして……いや、もしかしなくても間接キスになるのではないでしょうか。うう、そう思うとなんだか急に恥ずかしくなってきました。

ココア「どうしたの?……あ、もしかしてあんまり食べたくなかった?」

 ココアさんの表情が不安げに翳りました。ああ、わたしはまたココアさんにこんな表情をさせてしまっています。わたしは慌ててイカ焼きにかぶりつきました。

チノ「はむっ」

 一口食べると、甘いあんこの味が口の中全体に広がりました。

チノ「美味しいです」

ココア「良かった」

 ココアさんの顔に再び笑顔が戻りました。この笑顔をずっと見ていたいと思いました。

 * * *

「ここに現れている岩は、何千年もの時間をかけて水の流れによって削られて露出したもので……」

 船頭さんの語りとともに、船はゆっくりと渓流を下っていきました。岸壁に露出する巨大な岩の表面には、大自然の神秘を感じさせる奇妙な模様が描き出されていました。長い歴史が生み出した壮大な景色に圧倒され、わたしは息を飲みました。

 同時に、岩にぶつかってはねる水の音、遠くから聞こえるシジュウカラの鳴き声、そんなさりげない音が聞こえてくるおかげで壮大な景色に気圧されることはなく、とても居心地のいいひと時を過ごすことが出来ました。

 船を下りた後、事前に調べていたお店にお昼ご飯を食べに向かいました。お店は川のすぐ横に立っており、渓流に面した壁は全面ガラス張りになっていて、景色を眺めながら食事を楽しめるようになっていました。わたしたちは、そのガラスのすぐ横にあるテーブルに座りました。

ココア「いい眺めだねぇ」

 桜の花びらを散らした春らしいスープを啜りながらココアさんが言いました。

チノ「はい。ここまで来た甲斐があります」

ココア「川下り楽しかったなー。岩がすっごく大きくて迫力あったよ!」

チノ「そうですね。間近で見ると感動が違いました」

 スープを飲み終わる頃に、小鉢に入ったシーザーサラダとパスタが運ばれてきました。ココアさんはカルボナーラ、わたしはナポリタンを頼んでいました。

「『春いちごとチェリーのパフェ』ビッグサイズでございます」

 パスタを食べ終わった後、ココアさんの目の前には大きなパフェが置かれました。二人前くらいはありそうなボリュームに、わたしは内心ため息をつきました。

チノ「そんなにいっぱい食べられるんですか?」

 このパフェをココアさんが頼もうとしたとき、わたしはビッグサイズにはしない方が良いと忠告したのです。食べきれなかったらどうするつもりなのでしょう?

ココア「はじめからわたし一人で食べるつもりじゃないよ。チノちゃんと一緒に食べようと思って」

チノ「そ、そうだったんですか」

 ココアさんがそんなことを考えていたとは……。内心嬉しくなる気持ちを抑えつつ、わたしは言いました。

チノ「そうならそうと先に言ってくれれば……」

ココア「ごめんごめん」

 ココアさんは笑いながら言いました。なんだか軽く受け流された気がします……。

ココア「チノちゃん、あーん」

 目の前にパフェの載ったスプーンが差し出されました。

チノ「い、いただきます……」

 口に入れた瞬間、桜の香りが鼻腔をくすぐりました。

ココア「美味しい?」

チノ「はい、甘いんですけどすっきりとさわやかな感じです」

ココア「おお、いいね!わたしも食べてみよ……はむっ。おっ、美味しい!」

 ココアさんの顔にぱっと笑顔の花が咲きました。

チノ「かっ、かわいい……」

 その笑顔を見ていたら、素直にそんな風に思ってしまいました。

ココア「何か言った?」

 しまった……口に出てしまっていたようです。

チノ「な、なんでもありません……」

 そういいつつも、自分でもはっきり分かるくらい顔に血が上っているのが分かりました。頬が真っ赤に火照っています。こんな顔をココアさんに見せたくなくて、わたしは下を向きました。

ココア「どうしたの?もっと食べなよ?」

 そう言って、ココアさんはわたしの口元にいちごを載せたスプーンを差し出しました。ココアさんが身を乗り出しているせいで距離が近く、甘いクリームの香りとともにココアさんのにおいがしました。その甘美な刺激にくらくらしそうになりながら、わたしはパフェを口に入れました。

 またまた間接キス……、それに気づいた時にはもう手遅れでした。甘酸っぱいイチゴ味とさわやかな桜の香り、それにココアさんの甘美な刺激で頭の中はもうぐちゃぐちゃでした。

ココア「どうしたの?」

 ココアさんがうつむくわたしの顔をのぞき込みました。そんなことされたらもういよいよどうにかなってしまいそうです。

ココア「顔赤いよ?」

 分かってますよ……だからココアさんの顔が直視できないんです。

チノ「なんでもないですから気にしないでください……」

 そう口にするのがやっとでした。

 * * *

 その後は少し気まずい空気になりながらもお店を出て、駅まで戻る道を渓流に沿って進みました。手を繋いでもらえませんか、何度もそう口にしかけましたが、言葉は喉の奥に引っかかってそれ以上出てきませんでした。その度にココアさんの顔をうかがっていたのを心配したらしく、ココアさんが言いました。

ココア「どうしたの?足が痛いの?」

チノ「いえ、そういうわけでは……」

ココア「もしそうなら遠慮しなくていいんだよ。わたしがおんぶしてあげるからね!」

チノ「おんぶ……」

 ちょっとときめいてしまった自分が悔しいです。けれど、そのお陰で吹っ切れたような気がしました。

チノ「……手、繋ぎませんか?」

 わたしは、おずおずと手を差し出しました。

ココア「チノちゃん?」

 ココアさんは一瞬きょとんとしたような表情を浮かべましたが、特に理由を聞くわけでもなく

ココア「うん、いいよ」

と言ってわたしの手を取りました。

チノ「ココアさんの手、温かい……」

ココア「チノちゃんの手はちょっと冷たいね。でもひんやりしてて気持ちいいよ」

チノ「気持ちいいならその……良かったです」

 ふと、ラビットハウスにココアさんが来てからもう一年以上になるのに、こうして二人で手をつないで歩いたことは一度もなかったのだということに気づきました。同じ屋根の下で暮らしていて一度も起こらなかったことが今起きているということがなんだか不思議でした。同時に、この瞬間がそれだけ尊いものなのかということを心の内で噛みしめました。

 ちょっと照れくさい、でも何にも替えがたい幸せな時間はわたしたちが駅に着くまで続きました。

 * * *

ココア「もう帰るの?」

 戻りの列車の中でココアさんが聞きました。

チノ「ココアさんはもう少し居たかったですか?」

ココア「うーん、川下りは楽しかったしごはんも美味しかったから満足はしてるよ」

チノ「それなら良かったです。ずいぶん遠くに来ちゃったので、長居してると帰りが遅くなりますから」

ココア「それもそうだね」

チノ「それに……実は、帰る前に一か所だけ寄りたいところがあるんです」

 * * *

 木組みの町に戻ると、わたしはココアさんを連れていつも使う出口と反対側に出ました。

ココア「こっちは逆の出口だよ?」

 ココアさんが当然のように疑問を挟みます。

チノ「さっきも言ったとおり、一か所だけ寄りたいところがあるんです」

 ロータリーを抜けて正面の道をまっすぐ進んだ先にある教会の鐘は西日を浴びてまばゆく輝いていました。わたしたちの足元には長い影が伸び、茜色の中に浮かび上がっています。

 日曜日の礼拝の時間はとっくに終わっています。一仕事終えた教会は夕日の中にただ無言でそびえ立っていました。その堂々とした姿はわたしに少しだけ勇気を与えてくれました。

チノ「ココアさん」

 わたしはココアさんの目をまっすぐに見つめました。

ココア「なにかな?」

チノ「わたしには夢があるんです」

ココア「夢?」

チノ「はい。どうしても叶えたい夢です。聞いてくれますか?」

ココア「う、うん……わたしで良いなら聞くよ」

 ココアさんにこんな話をするのはもちろん初めてでした。ココアさんは少したじろいでいるようでした。決意が鈍らないうちに言ってしまおう。そう思ってわたしは構わず続けました。

チノ「わたしの夢は……」

 困惑ぎみのココアさんでしたが、わたしから目を逸らそうとはしませんでした。

チノ「この場所で結婚式を挙げることです」

チノ「――ココアさんと」

 ココアさんはしばらく身じろぎ一つしませんでした。次にココアさんが言葉を発するまでの時間が永遠のように感じられました。

ココア「それってもしかして……」

チノ「はい。わたしは、その……ココアさんのことが好きです」

 言ってしまいました。心臓がドキドキして今にも飛び出しそうです。

ココア「そっか……チノちゃんにそんな風に思ってもらえて幸せだよ」

 そう答えたココアさんの頬が赤く染まって見えたのは夕日のせいだけではないでしょう。わたしは心を躍らせました。

チノ「そ、それは本当ですか?」

ココア「うん、本当。すっごく嬉しい」

 次の瞬間、ココアさんの腕がわたしの背中に回されました。全身がココアさんのぬくもりに包まれて脳が痺れそうでした。

ココア「楽しかったよ。今日のデート」

 わたしをしっかり抱きとめたまま、ココアさんは耳元でささやきました。その声は、普段のココアさんからは想像もできないほどの艶やかさを帯びていました。

 ココアさんはしばらくわたしを抱きしめていましたが、やがて回していた手を解きました。それでもまだ、心臓の鼓動が聞こえてくるくらいココアさんは近くにいます。

 まるで夢みたいで、宙にでも浮かんでいるようでした。

 わたしは、ココアさんの綺麗な瞳をじっと覗き込みました。その瞳にはわたしの姿が大きく映し出されていました。ココアさんはわたしだけを見てくれています。

チノ「ココアさん……大好きです」

 わたしは、その瞳に吸い寄せられるように顔を近づけました。

チノ「目をつぶってください」

ココア「うん……」

 ココアさんの目が閉じたのを確認して、わたしも目を閉じました。

 わたしは、ゆっくりとココアさんに近づいていきます。

 そして次の瞬間、頭からドスンと硬い衝撃を受けました。目を開けるとココアさんの姿はどこにもなくて、わたしはひとり固い地面に頭をぶつけていました。何が起きたのか分からなくて、わたしはその場で茫然とくず折れるしかありませんでした。

ココア「――チノちゃん、ごめん」

 最後に聞いたココアさんの声は、とても遠くから聞こえてきました。目の前には、地面に座り込んだわたしの影法師だけがいびつな形に伸びていました。

Part 02に続く

拍手[0回]

PR