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歩くんですの箱 SS置き場

躍動感を表現するにはどうすればいいんだろう……と日々考え中。

【ごちうさSS】記憶よ、もう一度 - Part 06

Part 06

 【6】

 翌日、日曜日の午後1時半過ぎ。リゼさんは、シャロさんに想いを伝えるために出かけていきました。

 約束の時間は午後2時半。場所は、先週シャロさんがリゼさんに告白をしようとしたのと同じ公園のベンチとのことでした。時間と場所はシャロさんから指定されたそうです。リゼさんが呼びかけてもシャロさんが会ってくれなかったら……それだけが不安でしたが、その心配はありませんでした。

ココア「上手く行くかな……?」

 ココアさんの声には不安が混じっていました。

チノ「心配だったら見に行ってみてはどうですか?」

ココア「そうしたいけど……でも、今回はそうしないって決めたから」

 これは、先週の反省もあってみんなで決めたことでした。物陰から覗くというのはやはり趣味のいいことではありませんから。

 ココアさんはしばらく落ち着かない様子で店内を歩き回っていましたが、ふい立ち止まって戸棚からコーヒーカップを取り出しエスプレッソを注ぎ始めました。

チノ「なにをしてるんですか?」

ココア「久しぶりにラテアートを描いてみようかなって思って」

チノ「そういえば、ココアさんしばらくやってなかったですよね。どういう風の吹き回しですか?」

ココア「いや、たまたまそういう気分っていうか……何かしてないと落ち着かないんだよぉ」

 落ち着かない気持ちはわたしも同じでした。もっとも、リゼさんとシャロさんの2人は、ただすれ違ってしまっただけでお互いを好きな気持ちは同じです。だから心配はいらないのだと頭では分かっていてもやきもきしてしまうのは仕方がありません。きっと、甘兎庵でお仕事中の千夜さんも、学校で補修を受けているマヤさんも同じ気持ちでしょう。メグさんはどうか分かりませんが。

 ココアさんは、コーヒーカップにミルクの泡を注いでいきました。

チノ「何を描くんですか?」

ココア「うーん、特に決めてないんだけど……チノちゃんは描いてほしいものある?」

 聞かれても困るのですが……。というか、考えなしにミルクを注いでいたんですか。

チノ「特にはないです」

ココア「うーん、どうしようかなぁ」

 ココアさんは、ミルクの表面に何か曲線を描き始めました。その曲線は、いかにも無計画に引かれたものらしく不規則にコーヒーカップの上を惑っていました。
 
チノ「なんですか?これ」

ココア「ちゅうしょう画、ってやつかな?」

 ドヤ顔で言ってますけど使いなれない言葉を無理に使った感がありありですよココアさん。

ココア「なんだかチノちゃんが作るラテアートに似てるかも」

 わたしはそんな無計画に描いたりしないです。

ココア「うー、なんかやってないと落ち着かないよー。そうだ!チノちゃんのボトルシップ手伝ってもいい?」

チノ「ダメに決まってます。ぜったい触らないでください」

ココア「どうしよう、暇だよぉ~」

 ココアさんが駄々をこねたところで、お昼も過ぎてお客さんの来ない時間帯なので仕方ありません。わたしたちは、じっとリゼさんの帰りを待つしかありませんでした。

 * * *

 カランカラン。

 扉につけていたベルが鳴りました。まさかお客さんが来るとは思っていなかったので少しびっくりしてしまいましたが、ここは平静を装って挨拶をする場面です。

チノ「いらっしゃいませ」

メグ「こんにちは、チノちゃん」

チノ「メグさんでしたか……」

 お客さんだと思ったらメグさんでした。正直、この間のこともあり少し身構えてしまいました。また父に話があってきたのでしょうか?

チノ「なんの用ですか?」

メグ「用ってわけじゃないよ~。ただ……リゼさんの告白うまく行くかなーって、ちょっと不安で落ち着かなくて」

 メグさんも少しはリゼさんの心配をしていたのですか。

チノ「どうでしょう……もう3時を回りましたけど、まだ帰ってこないですね」

メグ「帰ってこないなら今頃二人で良い雰囲気になってるのかな?」

チノ「いい雰囲気……」

 それって、2人で手をつないで歩いている、とか、それとももしや、キ、キスとか……いやいや、落ち着くのです香風チノ。

メグ「チノちゃん、顔赤くなってるよ」

チノ「な、なってません!」

 いけません。つい想像してしまったのを気取られてしまうとは不覚でした。

ココア「デートしてるなら帰りは遅くなるかな」

チノ「今日はもうラビットハウスには戻ってこないんじゃないでしょうか」

ココア「えー。上手く行ったらすぐ教えてってリゼちゃんに言ったのに」

チノ「確かに早く知りたいですが……2人が幸せならそれてよし、です」

 * * *

 気づけば外も暗くなり、時計を見るとすでに午後5時になっていました。リゼさん達は今頃どうしているのでしょうか。

メグ「ねえ、ちょっと様子見に行ってみない?」

 メグさんがそんなことを言い出しました。わたしたちで決めた約束を忘れたのでしょうか。

ココア「メグちゃん、今回は2人の様子を覗いたりしないってみんなで約束したよ?」

 ココアさんがわたしの言いたいことを代弁してくれました。

メグ「でも……なんとなく様子見に行かなきゃって気がするんだよぉ」

 いったいなんのつもりでしょう。最近のメグさんは考えていることがよく分かりません。

ココア「でも……」

 ココアさんも戸惑っているようです。

メグ「無理なこと言ってるのは分かってるけど……お願い」

 ずいぶん真剣な口ぶりですが、どう受け取るべきなのでしょうか。ここ数日のメグさんを見ていると、素直に言うことを聞いていいのか迷ってしまいます。

ココア「そこまで言うなら……ちょっとだけ見に行ってみよっか?」

チノ「ココアさん……」

ココア「よく分からないけど、メグちゃんすごく真剣だから」

メグ「ありがとうございます!」

 ココアさんが行くというなら仕方がありません。あまり気は進みませんが、ここはメグさんの提案に乗ることにしましょう。
 
チノ「分かりました。その代わり、千夜さんとマヤさんも呼びましょう。みんなで決めた約束を破るのですから、全員集まらなきゃダメです」

ココア「わたしが電話で連絡しておくよ」

 こうして、わたしたちは公園へと向かうことになりました。
 
 * * *

チノ「公園に行ったところで、2人とももう移動してるんじゃないでしょうか」

 川沿いの道を歩きながら、わたしはメグさんに尋ねました。朝の川とは違い、暗い水面には街灯の明かりが反射していました。

メグ「それならそれで良いの」

チノ「そうですか……」

 メグさんは一体何がしたいのでしょうか。

 公園の周辺は、いつになく人がごった返していました。どうしたのだろうと目で追ってみると、どうも人だかりの中心は市民会館のようでした。

千夜「今日、何かイベントがあったかしら?」

メグ「NPASS反対の決起集会だよ。ちょうどそれが終わったところなんじゃないかな」

 そう、今日は政府プロジェクト反対のイベントが行われる日でした。メグさんがやけに気にしていたイベントです。わたしの父も、このイベントに参加するため一日出払っていました。

千夜「NPASSって?」

メグ「National Production Ability Suppliment Strategy、略してNPASS。国家生産能力補完戦略っていう国家プロジェクトだよ。最近ニュースで話題になってる」

マヤ「おお、メグ物知りだな!」

 物知り、というのとは違うと思いますが、わざわざ口を挟むほどのことでもないでしょう。

メグ「少子化対策のために、万能細胞技術を使ってこどもを増やそうっていうプロジェクトなの。毎年計画した人数のこどもを万能細胞から生み出す。そういう子どもたちに両親はいない。その子たちは完全に工場で生み出されるからね。始まったのはもう15年以上も前のことだよ」

千夜「今日市民会館でやってたのは、それに反対する運動ってことね?ずいぶん人が集まるのね」

メグ「それだけ人間が生命を生み出すってことに抵抗を持ってる人が多いんだよ」

マヤ「確かに、ちょっと良くないことのような気がするよねー」

 わたしも同感です。父やリゼさんのお父さんのようには熱心に反対しようとは思いませんが。

メグ「それがずっと議論になってて、ついに先週国会でプロジェクトが凍結になった。でも、また再開するかも知れないからってみんな反対してるの」

千夜「そうなのね。まあ、あまり賛成できることではないわよね。人工的にこどもを作るって」

メグ「やっぱり、みんなそう思うんだね……。でも、わたしは違うと思う。みんなは、生命は自然な営みから生まれなきゃだめなんだって思ってる。でも……そういう思い込みこそが幻想だって思うの」

 メグさんは、幻想、という言葉に心なしか語気を強めたようでした。

メグ「無理に世の中のお母さんたちがお腹を痛めなくても良いなら、そっちの方がずっと良いってわたしは思う。生まれてきたこども達の価値はみんな同じなのに、どうやって生まれたかで差をつけるのはおかしいと思うな」

 メグさんが、決起集会を開いている人たちに異を唱えている理由が何となくわかりました。だからといって、納得できる、というわけではありませんでしたが。

 気づけば、公園のベンチの辺りまで来ていました。つい3時間ほど前に、リゼさんがシャロさんに告白をしたはずの場所です。

ココア「着いたね。リゼちゃんたちいるかな?」

 ココアさんは、辺りを見回し始めました。さすがにこんな時間まで同じ場所にいるというのは考えにくいですが、わたしも一応探してみることにします。
 
ココア「あっ、あそこ!」

 ココアさんが指さした先、市民会館を真正面から臨む位置に置かれたベンチに、リゼさんが1人で座っていました。

千夜「リゼちゃん……?」

ココア「あれ、シャロちゃんおトイレかな?」

 なぜリゼさん1人なのでしょう?シャロさんは一時的に席を外しているだけじゃないか、ココアさんはそう言いました。わたしも本当はそう思いたかった……。でも、どう見てもそういう様子ではありませんでした。ベンチに座っているリゼさんは、控えめに言っても落ち込んでいるように見えました。いえ、言葉を選ばずに見たままの感想を言うなら、完全にうなだれているとしか言いようのない状況でした。
 
マヤ「どうしたんだろ?」

 マヤさんの声にも不安が混じります。

千夜「行きましょう」

 わたしたちがリゼさんに近づいても、リゼさんは顔を上げようとしませんでした。もしかしたら気づいていないのかも知れません。
 
ココア「リゼちゃん、どうしたの?」

 ココアさんの声に、リゼさんの肩がびくっと震えました。

リゼ「ココアか……」

ココア「シャロちゃんは?」

 ココアさんの質問に、リゼさんは顔を伏せたまま答えました。

リゼ「見ての通りだよ……」

 告白は失敗した、誰がどう見ても明らかでした。

マヤ「フラれちゃったんだ」

千夜「一体どうして……」

リゼ「私はもう嫌われてしまったんだ……。当たり前だよな……シャロを傷つけたんだから……」

 リゼさんの告白が失敗した。その事実は、リゼさんから義理チョコを渡されたのがシャロさんにとっては想像以上に辛い出来事だったことを物語っていました。わたしたちは、この期に及んでも事態を甘く見過ぎていたのです。あまりの愚かさに唇をかみしめるしかありませんでした。
 
 誰も言葉を発することが出来ない中で、メグさんだけは例外のようでした。
 
メグ「シャロさんから直接そう言われたの?」

リゼ「いや……そんなはっきりと言われたわけじゃないけど……」

メグ「だったら、リゼさんは勘違いしてるかも知れないよ」

リゼ「……勘違い?」

メグ「そう、勘違い。正確に思い出してみて?シャロさんに言われたことを」

 この時ばかりは、メグさんのことが本当に信じられなくなりました。振られたばかりで苦しんでいるリゼさんに振られた瞬間のセリフを思い出させる……これ以上酷なことがあるのかと思いました。
 
チノ「メグさん!それ以上は……」

 止めに入ったわたしを、しかしリゼさんは遮りました。
 
リゼ「良いんだ……。私は……シャロを傷つけたことを謝って……それから、告白したんだ。そしたら、シャロが『リゼ先輩はわたしといるべきじゃない。わたしのことなんて忘れて欲しい』って……突き放されて……」

 リゼさんは、嗚咽の混じる声でそう語りました。

メグ「それだけ……?他に何か言われなかったかな?」

リゼ「それから……『わたしのことなんかより、リゼ先輩には行くべき場所があるでしょう』って……。私はどうしたらいいか分からなくて……シャロもそのままいなくなって……」

 リゼさんは、言葉を詰まらせてさらに深くうなだれました。

メグ「そっか……。やっぱり、シャロさんはリゼさんのことが嫌いになったわけじゃないと思う。リゼさんはやっぱり勘違いしてるんじゃないかな」

 リゼさんから引き出した話から、メグさんは何かを読み取ったようでした。しかし、それが何なのかをメグさんの表情から察することは出来ませんでした。

 ただ、もしかしたら……わたしの中にも、1つの仮説が浮かび上がりました。

『リゼ先輩はわたしといるべきじゃない。わたしのことなんて忘れて欲しい』
『わたしのことなんかより、リゼ先輩には行くべき場所があるでしょう』

 どうしてシャロさんがそんな言葉を口にしたのか。リゼさんは、警備員や家政婦さんがいる大きなお屋敷に住むお嬢様です。それに対してシャロさんは、すきま風の吹く物置みたいに小さな家に住む貧しい家庭の娘なのです。その身分の違いに、シャロさんは負い目を感じてしまったのかも知れません。友達として関わっていた時は意識しなくて済んだとしても、いざバレンタインの日になって、告白しようと決心したところで安っぽい装丁のチョコレートを突き付けられれば、いやでも自分と相手との立場の差を強く意識してしまうのではないでしょうか。

メグ「もう1つだけ聞いてもいいかな……?」

 メグさんの質問は、まだ続いていました。リゼさんは、小さくうなずきました。

メグ「シャロさんは、リゼさんの行くべき場所がどこなのか言ってた?その場所は、あの市民会館のことだったんじゃない?」

リゼ「ああ……。シャロは、確かにあの市民会館を指して言ってたな……。『わたしのことなんかより、リゼ先輩には行くべき場所があるでしょう』って」

 市民会館?なぜここでそんな話が出てくるのでしょう。シャロさんが言った『リゼ先輩の行くべき場所』というのは、具体的な場所ではなくもっと抽象的な、お金持ちの人がたくさんいる華やかな場所、くらいの意味で捉える方がよほど自然です。今この公園の真正面にあるガラス張りの建物のことだと言われても全く訳が分かりません。わたしは困惑してメグさんの方を見ました。

 メグさんの表情に、初めて悲しみの色が浮かんでいるのを見ました。

メグ「もしかしたらって、わたしは思ってた……。だけど、わたしは予想が外れてて欲しかった。だから希望にすがって……今日まで誰にも言えなかった。でも、当たってほしくないことほど当たるんだね……」

 一体何のことを言っているのでしょう。この1週間、メグさんの考えていることが分からないことが何度もありました。今この瞬間だってそうです。でも、わたしは初めて、メグさんが何を考えているのかを知りたいと願いました。

メグ「わたしたちは、はじめから解くべき問題を間違えていたの」

 刺すように冷たい風が、指先を凍らせました。

Part 07に続く

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